「こんな立派なもの、いただいてよろしいですか。気軽にいただきますって、ご返事しちゃいましたが・・・」
お料理教室の先生はしきりに恐縮していますが、桐の箱を大事に抱えてきた先輩は、満足そうにニコニコ顔です。
箱の中身は、先輩がかつて韓国の展覧会場で見つけた土瓶でした。
備前焼きに似た風情のある土瓶を手に取り「喜んで貰っていただける方に、差し上げるのが一番」とほっとされたご様子に、取り囲んでいた中高年の生徒さん達も、我が事のように頷いています。
80歳を疾うに過ぎた先輩は、今まで大事にされていたものを、次々と身近な方に託しています。
先輩程のお歳ではありませんが、独り住まいの友人も、かつて長年の夢とばかりに、大枚をはたいて手に入れた、幅1メートル以上もある、信楽焼きの陶板の行方が心配になり、落ち着き先を思いあぐねていたようですが、ある日新聞で、山陰のお寺が全焼した記事を見て、ここだと直感で思いついたとのこと。
早速にご住職と連絡を取り、お送りしたと興奮気味に話してくれました。
1年後、一時は失意のどん底にあったご住職から、再出発にあたり、インドに出向いて、これぞと思う白檀を手に入れ、新たな仏像を完成させ、ご安置されたので、是非にとのご招待を受けたとのこと。
白檀の仏像と我が子の陶板の双方に会える楽しみができたと、安堵とうれしさを隠し切れない報告があったのは言うまでもありません。
先輩や友人の報告を受け、大分昔になりますが、明治、大正、昭和の子供たちが遊んだ紙細工の数々を、広い部屋いっぱいに広げて見せていただき、写真に収めた記憶がよみがえりました。
「まだまだ奥の部屋にも沢山あります」と、嬉しそうにお話しされていた、ご高齢の収集家のご逝去の報を知ったのは、それから丁度1年程後でした。
しばらくして、あの膨大な紙細工の行方が心配になり、収集家をご紹介いただいた方にお伺いしたところ、すでに全て廃棄されてしまったとのこと。
時代のサブカルチュアとしての貴重な資料も、お宅の方々にとっては膨大な紙屑に映っていたようで、ご逝去後、真っ先に処分の対象となってしまったご様子です。
後の祭りとなってしまいましたが、残したいものは、早め早めに託す人や場所を決めておく必要があるようです。
思い立ったが吉日。
わが身を振り返れば、先輩や友人のように高価なものは見当たりませんが、収集家に近い環境にあることは確かです。
長年撮りためた、膨大なフィルムを前に、「いつやるの。今でしょ」と、発破をかけていますが、フィルムの行方が心配です。