担当者はご喪家と同じ目線で、目配り・気配り・心配りを・・・。

 月日が経つのは早いもので、昨年来のコロナに気を取られているうちに、今年も早4分の1が過ぎてしまいました。

 ゴールデンウイークを控え、コロナ禍の中、様々な催しの中止、又は延期が取り沙汰されていますが、御葬儀だけは待ってくれません。

 お見送りは3密(密閉・密集・密接)を避け、出来るだけシンプルに、お身内だけで執り行う方向にシフトしていますが、しかしながら、御葬儀は各ご家庭で日常的に執り行うものではありませんので、専門の業者さんにゆだねる形になり、担当者の采配ぶりで、良し悪しの落差が出てしまうことも度々です。

 ある意味、担当者の目配り、気配り、心配り次第で、ご満足いただけるか否かが決定すると言っても過言ではありません。

 先日もすでに他社での御葬儀を決め、施行の準備に入っておりましたが、担当者の対応にご不満をもたれたお身内の方から御相談を頂き、改めて当センターがご紹介した賛同社にお願いする羽目になってしまいました。

 また、当初病院付きの葬儀社さんにご自宅への搬送をお願いされたが、ご逝去されたお父様への配慮が足りない雑な扱いに、お母様が心を痛めているご様子を、見るに見かねたご長男の方から、改めて葬儀社探しをされたいとのご連絡を頂いたこともございます。

 一方で、御葬儀後「特殊な状況下のもと、ご喪家の気持ちを理解していただき、同じ目線で一緒になって考えて頂けた」とのアンケ―トも頂いております。

 また、不安を抱え、ご喪家のお気持ちもなかなか定まらない中、1度に説明されてもご理解いただくのが難しい場合もあり、ご喪家にスケジュール表をお渡して、「必要なものを一つひとつ、いつまでに揃えるのか、また決める必要があるのか」等をその都度説明され、担当者の目配り・気配り・心配りで初めての御葬儀の難局を乗り越え、ホッとされたお気持ちが垣間見えるアンケ―トも頂いております。

 どんな時代になろうとも、お見送りする気持ちに変わりはありません。

後戻りはありません・・・?

 今日もテレビ画面から医療従事者の切迫した声が聞こえてきました。

 それに反し、一方で若者の他人事のような行動も相変わらず目に付きます。

 時短要請で飲食店から閉め出された若者達は、路上での飲み会を続行し、中にはマスク無しでラッパ飲みをしながら騒ぎ立て、周りの大人達のひんしゅくをかっても、我関せずの様子がテレビで大写しされている昨今ですが、当の若者達が最近はテレビを見ないという皮肉な現象も、世相を反映しているかのようです。

 昨年からのコロナ騒動は、世の中それぞれの分野での改革が余儀なくされつつある中、世の中の動きに大きな様変わりを見せる道具立てになっているようにも思われます。

 それは御葬儀の世界も、例外ではないようです。

 以前、菩提寺では通夜、葬儀、告別式の一連の流れに本義があり、いずれを省くことは理解しがたい、とまで言われ、1日葬や直葬は否定されていましたが、昨年来のコロナ禍をきっかけに、御葬儀も出来るだけシンプルに執り行う方向に舵が取られ、それと共に以前からくすぶっていた若い世代の檀家離れの現象と併せ、お寺サイドも最近では柔軟に1日葬の許可をせざるを得ない状況になってきたと伺いました。

 “お身内だけの少人数で、出来るだけシンプルに・・・”を合言葉に、昨年来の御葬儀も、内輪のごく親しい方々だけでのお見送りが、大半を占める様になってきています。

 この現象はコロナが蔓延している今の内だけで、コロナ終焉後はまた再び元の状態に戻るのではと、永年御葬儀の世界に携わってきたベテラン担当者に問いかけたところ、曰く、“この世界での後戻りはないですよ”とのご返事でした。

 コロナ終焉後、御葬儀はどちらの方向に向かうのだろうか・・・。

コロナ禍の中、担当者からの助言

 最近はコロナ禍のせいにして、あなた任せの御葬儀で済ませてはいませんか?

 コロナ終焉後、こんなはずではなかった。

 本当はこんなお見送り方をしたかったと悔やんでも、やり直しはききません。

 昔から「後悔先に立たず」とはよく言われていますが、今こそ、この言葉が当てはまるのは・・・。

 ネットで検索された御葬儀情報を鵜呑みにして、言われるまま葬儀社さんのレールに乗り、終了後の請求書をご覧になりビックリと言うケース等も以前から伺ってはおりましたが、昨年来のコロナ禍の中、更に御相談もままならない状況下では、ご要望も遠慮してほどほどにと忖度され、気が付いたら御葬儀は終わっていたというケースを最近よく耳にします。

 コロナ禍で状況によりやり方や方法は変われども、御葬儀の本質に変わりはありません。

 現在の情況下で、出されたご要望が難しければ、別な方法を提案し、条件に合った対応を可能にするのは、永年あらゆる局面を乗り越えて御葬儀に携わってきた、ベテラン担当者の心意気ではないでしょうか。

 現状が無理なら、別なこのような方法もある旨提案し、可能な限りご要望に近づける・・・。

 今こそ経験豊富なベテラン担当者の出番では・・・。

 以前、ご葬儀に立会いでお伺いした折にも、担当者に全幅の信頼を寄せていらっしゃるご相談者をお見かけしていると、双方のコミュニケーションの取り方がつぶさに感じられ、ご喪家のご要望に見合ったご葬儀になったのではと実感させられたものでした。

 また、御葬儀後のアンケ―トでも初めてのご葬儀をご不安の中、無事終えられ、ほっとされたお気持ちが感謝のお言葉として綴られております。

 「ボーっとしていたら(葬儀社に)いいようにされてしまった」とのお話はよく聞きますが、「ボーっとしていたら(依頼者である私共の)いいようにしてくださった」

「追加オプションを勝手に付けられた」とはよく聞きますが、担当者は「これは不要ですね」と削ってくださいました。

との文面に、ご紹介した者として、ベテラン担当者の心意気を感じたものでした。

 直葬で出来るだけ費用を抑えたい方からは「的確な助言、提案を頂き、オプションが用意されているものでも、自分達で準備ができれば費用も抑えられる等、葬儀社にとっては不利益であろう提案もしてくださり、有難かったです」と・・・。

御葬儀に間に合わない・・・。

 先日、特別養護老人ホームの成年後見人をされている方から、御相談を頂きました。

 担当されている方の中で、看取りの段階の方がお1人いらっしゃいますが、万が一の際、唯一ご連絡できるお身内の方は海外在住で、日本にいらっしゃらないとの由。

 情況は刻一刻と切迫してきていますが、コロナ禍の中、海外でのお仕事を中断するわけには行かず、また知らせを受けてすぐに、帰国できるかどうか微妙な段階とのことでした。

 後見人の方も初めての経験で、どの様な対応をしなければいけないのか、はたまた帰国できない場合は、後見人であるご相談者が御葬儀の対応をしなければならない状況になるが、その場合、どの様に対処すべきか。

 ご遺体の安置や、万が一の際の火葬の日取等の融通性などをお知りになりたいとの由。

 早速に小規模ですが、市内に安置所を所有し、臨機応変な対応が可能かと思われる担当者をご紹介させていただきました。

 御紹介した担当者からセンターにご逝去の報が届けられたのは、それから9日後でした。

 矢張り、お身内が他にいらっしゃらない一人息子様は、帰国の途につくことがかなわず、後見人の方が立会いでお見送りになられるとのことです。

 万が一、帰国可能でも羽田、成田からの公共交通機関の利用ができず、お出迎え頂けるお知り合いもいらっしゃらないとの由。

 コロナ禍の中では、帰国後2週間の移動も制限されており、唯一お身内である母様との最期のお別れもままならないのでは・・・。

お気持ちお察し、申しあげます。

 昨年来のコロナ禍の中、感染の有無だけで終わらず、気が付いたら、御葬儀の在り方や社会の仕組みそのものも変えて行ってしまうのでは、そんな危惧さえする昨今です。

コロナ禍の中、担当者の心遣いは・・・。

 「御紹介頂いた葬儀社様にお世話いただき、万事滞りなく、不安もなく、母を見送ることができました」。

 コロナ禍の中、事前の御相談を頂いた方から御葬儀後早速にお礼状を頂きました。

 「担当された社長様には親族の葬儀に参列したことのない私が困らないように、ご遺体の搬送から、斎場準備、葬儀の取り仕切り迄、色々ご配慮いただき、また、お心遣いいただきました。中でもうれしかったのは、遠方の菩提寺の御住職から読経を頂けたことです」。

 センターに御相談頂いた当初は、ご高齢で体力的にも大変な御父様のご意向を汲んで、直葬も考慮されていらっしゃるとのことでしたが、せめて読経で供養したいとのお考えに変わり、遠方にある菩提寺御住職にご連絡されて、ご相談者のご自宅(横浜)近くで1日葬の読経をお願いできるお寺の御紹介をお願いされたところ、菩提寺の御住職自らお越しいただけるとのご返事をいただきました。

 しかしながら、御家族だけの1日葬の為に、わざわざ遠方からお越し頂くのは心苦しくもあり、どうしたものか、早速にセンターが御紹介した担当者にご相談したところ「ここまで考えてくださっているなら、菩提寺の御住職にお願いしても良いのでは・・・」と勧められ、担当者のこの言葉で一気にお気持ちが楽になったとの由。

 「菩提寺からご導師様をお願いすることが出来、見送る側の家族として、とても心落ち着いたお式になりました」。

 永年特養ホームに入居されているお母様の状況が厳しくなり、万が一を想定した見積りをお取りになりたいとの御相談を頂いた17日後の御葬儀でした。

 御葬儀を執り行うのは初めての経験とのことで、御相談頂いた当初はどこからどの様に手を付けてよいものかもご不明で、ご不安との事でした。

 まずはご不安のご様子をお伺いし、早速にご要望を整理するところから始まり、土台になるお見積りを地元の賛同社からお取りし、ご説明いたしますと、お母様のお見送りの仕方がより鮮明になり、具体的なご要望もはっきりされてきたご様子で、再度御希望のお見積もりをお取りすることができました。

 御相談を頂いてから10日後、特養ホームからの御帰宅がかなわなかった、永年住み慣れたご自宅の近くをお通りし、安置先へと向かわれました。

「通夜ぶるまい」に癒された御葬儀は何処へ・・・?

 シャンパングラスを片手にお話が弾み、一見同窓会と見間違えそうな雰囲気と喪服姿が違和感なく共存していました。

 彫刻家だった故人様の大好きだったカザルスの演奏曲が流れる中、御葬儀は立食のパーティー形式で執り行われ、式場入口で頂いた白い薔薇を柩に献花した後、グラス片手にお料理を召しあがりながら柩の周りにお集まりになり、久しぶりの旧交を温めて、お話も弾んでおりました。

 喪主の息子さんの「長いこと、ご苦労様でした」の御挨拶に続き、ご会葬の皆様ご一緒に乾杯のご唱和でしめくくられました。

 又、ご高齢者が多いご葬儀では、通夜の読経とご焼香が終わった後、式場はそのままテーブルセッティングされ、祭壇と柩の前にテーブルがTの字に並べられ、お食事の用意が整い、棺に向かっての乾杯に始まり、故人も交えてのお食事会のような雰囲気が伝わってきました。

 お招きする側も、精神的・肉体的にも疲れ果てている時出会ったお料理に気持ちが癒され、立派に喪主を務める勇気が湧いてきたとおっしゃる喪主の方もいらっしゃいました。

 一方で、お式は出来るだけ質素に、その代わり、わざわざお越し頂いた方々には美味しいお料理で十分なおもてなしをされたい、とのご遺族の意向を汲み、意気に感じて、今までに60軒以上の仕出し屋さんを当たり、一軒一軒お味を吟味しながら、数年かけてやっと満足するお食事に出会えましたとおっしゃる担当者もいらっしゃいました。

 「通夜ぶるまいは沢山食べて頂くのが供養になりますので、ご焼香を終えられたご会葬者お1人お1人にお声を掛けて召し上がっていただきます」とは御葬儀担当者の弁。

 生死がはっきりしている魚や動物の肉料理に対し、野菜中心の精進料理が主だった通夜のお料理も、時代と共にいつの間にか故人様やご喪家のお好みのお料理に取って代わり、大皿に盛ったオードブルや寿司、てんぷら、煮物等が中心となり、御葬儀の関心を一身に集めて参りましたが、昨年来のコロナ禍のなか、感染防止の為と称し、通夜のお料理の大皿が消え、お一人様用のお料理に、また精進落としもお持ち帰り用の仕出し弁当に取って代わってしまいました。

 おもてなしの姿が消えたこれからの御葬儀、「通夜ぶるまい」のこだわりは何処へ・・・。

再び、至福なひとときが過ごせます様に・・・。

 今年もお花見の季節がやって参りました。

 コロナ禍の中、世間の自粛ムードもさらに厳しさを増してきました。

 当の桜だけは状況をご存知ないかのように、一段と色鮮やかな様相を呈して参りましたが、満開の手前にきて世間の風は思いの外きつく、戸惑いを見せているようにも思えます。

 コロナ騒動の前年、隅田川の夕暮れ時、ネオンとネオンが映る川面と両岸の満開の桜の中を2艘の屋形船が行き交っておりました。

 江戸の昔に流行った写し絵が、これから船上にて150年ぶりに上映されるとの由。

 舞台と観客席に分かれた屋形船の1艘は、やがて岸辺近くに停泊して、日本の四季を代表する満開の桜を写し出し、川面に映る桜と隅田川両岸の桜並木と三位一体となり、辺り一面が桜色に染まり、そこだけが時間が止まったかのような様相を呈して参りました。

 観客席の屋形船の方からは声にならないどよめきが起こり、一気に150年前の江戸の昔にタイムスリップした観客の方々は、暫しの間至福なひとときを過ごして参りました。

 あれから2年、優雅なひとときは幻のごとく消え、桜だけの人気のない土手を、ネオンが無常に照らすのみの日々が続いております。

 いつの日か、あの至福のひとときが蘇ることを祈るばかりです。

 一都三県の自粛営業も21日解除されるとは言え、いつ何時リバウンドあるかは見当が付かない状況です。

 御葬儀もこのご時世ですからとの合言葉で、通夜を省き、精進料理もお持ち帰りとなり、近親者のみのお見送りが続いておりますが、最期のお別れは残された者にとって大切な気持ちのけじめでもあります。

 コロナ後の御葬儀の在り方も含めて、これからのお見送りの仕方を、時代の空気と共に見守って行きたいと存じます。

バースデイケーキと御葬儀の関係は・・・。

一都三県の緊急事態宣言以来、先輩の卒寿のお祝いも延び延びになっておりましたが、先日久しぶりに内輪でのお祝いをさせて頂きました。

まだ現役でお仕事をされており、御忙しい合間をぬって多彩な趣味に没頭されている姿を見るにつけ、後輩たちはその元気な源を探ろうと躍起になる始末です。

バースデイケーキの上には90本ならぬ、9本の蝋燭が灯され、早くも10本の蝋燭が待ち遠しく思われる程のお元気なご様子を拝見し、日頃の体調不調を嘆いている後輩達にとっていい刺激剤となったようです。

この世に生を受けてから最期まで、人生の様々な場面に登場するバースデイケーキは諸説様々ありますが、中には古代ギリシャの時代から受け継がれている説もあり、願い事を発しながら、息を吹きかけローソクの火を消すのがならわしとの由。

白寿に向けて先輩は何を祈願されたのだろうか。

以前、都内の下町商店街で永らく魚屋さんを営んでおられ、ご自身のお誕生日3日程前に病院でご逝去された方の場合は、ご葬儀まで10日間ほどあり、御家族のたっての願いで最期のお誕生日をご自宅でお迎えになられました。

ご自宅に戻られた柩の脇には早速に大きなバースデイケーキが用意され、お誕生日までの3日間は商店街のかつてのお仲間達が随時お集まりになり、夫々最期のお別れをされたとの由。

御葬儀担当者は少しでも皆様の思い出になるようにとケーキを写真に撮り、棺脇に飾り、本物のケーキは柩の中に収められました。

ご喪家にとって初めての御葬儀で、お気持ちの余裕がない中、担当者のちょっとした気遣いに、ご喪家の方々も大いに感激されたご様子で、御葬儀後のアンケートでも、感謝のお言葉を頂きました。

「その節は色々お世話になりました。担当者の方は最初から最後まで私達遺族の立場に立ち、ちょっとしたことでも親切に対応して下さり、父も幸せでしたし、私達遺族も素敵な御葬儀で父を送れて幸せでした」。

御葬儀のシンプル化が加速する。

 コロナ感染症対策の緊急事態宣言が発令され、コロナ一色の状況の中、一都3県は合格値に達せず、3月21日までの延長となってしまいました。

 日常生活のコロナ対策は1年経ち大分落ち着きを取り戻し、定着化してきましたが、人の目を気にしない都会生活者の中には知ってか知らずか、規約を素通りする方も見受けられ、それが感染の静まらない要因の一つとも言われています。

 昔から都会生活の利点の一つにも挙げられ、「隣は何をする人ぞ」とばかりに、ある意味自由気ままな生活が可能な反面、それに伴うリスクはいつかわが身に降りかかる羽目になってしまうことを、身をもって体験させられているようにも思われます。

 そんな状況下でもご葬儀だけは滞りなく執り行われていますが、コロナ禍の中、ゆっくりとお別れの時間がとれない直葬を御希望される方が、こんなご時世ですからを合言葉に急激に増えてきているようです。

 かつて農耕生活が中心だった田舎では、お互いに助け合う生活共同体意識が強く、それが後々まで冠婚葬祭の行事に色濃く残っていました。

 御葬儀は現在の様な葬儀式場ではなく、多くの場合自宅で執り行われ、隣保の方々がお手伝いに駆り出され、それを良しとして、お別れにも余裕が有ったように思われます。

 夫々のご事情もございますが、昨年から今年にかけて直葬希望の御相談が急に増えたのも、ご自身の生き方としての御気持ちでしたら諸手を挙げて賛成ですが、便乗組も多いと伺い、いささかの寂しさを覚えるのも事実です。

 15年ほど前、TBSラヂオの視聴者を交えたトーク番組で、直葬について喧々諤々の討論となり、中高年の方から「殺伐としている世の中の風潮と同じだ。私は独り身だけど大勢の方のお世話になりました。昔の人は老い支度と言って、いざと言う時困らないように貯めていましたよ。出来るだけ多くの方に立ち会ってもらいたい。誰かがちゃんとやってくれるだろう。それが人の世というものだ」と語気を強めてお話しされたことが思い出されます。

 私事で恐縮ですが、15年程前の母の葬儀・告別式を自宅で終え、火葬場への出発の折、町内の方全員にお越し頂いたのかと思われる程のお見送りの人の数にびっくりするとともに、子として思わず頭が下がる思いがしたものでした。

情況は変われども、御葬儀のスタンスは変わらず・・・。

 コロナ禍の厳しい状況の中、テレビを通じて連日病院関係者の奮闘ぶりが映し出されています。

 昨年来、日常生活も様々な箇所で制約を受け始め、暗中模索の状態が続いておりますが、御葬儀だけは3密(密閉・密集・密接)を避け、粛々と執り行われています。

 そんな状況の中、ネットを通して、パッケージされたハウツウ式の御葬儀も最近多くみられるようになってきました。

 しかしながら、本来ご喪家側にはお見送りのご要望も多々あり、お別れの仕方にも様々な顔がございますが、パッケージされた御葬儀では夫々のご喪家に応じたお別れは難しく、御葬儀後一段落され、振り返った際に、しこりが残るような場合も多々あるように伺っております。

 以前、当センタ―の賛同社にお伺いし、担当者と葬儀についてお話しする機会を頂いた折、異口同音におっしゃっていたことが思い出されます。

 どんな状況になろうとも御葬儀のスタンスに代わりは無い・・・。

 我々はアドヴァイザーであると同時に、影の部分でお手伝いをしており、ご喪家との信頼関係で、如何に喜んでもらえるかに掛っていると。

 御相談をお受けする担当者の気持ちが大事で、ご相談者のお気持ちをガチッと掴むことが出来れば、よほどのことがあっても大丈夫との由。サービスが行き届かなかったら、なんにもなりません。

 どの様な制約があろうとも、ご要望をどれだけ取り込められるかの1点に絞り、常にご喪家との二人三脚で取り汲んでいると胸の内を語っていただきました。

 ご喪家のご要望も様々ある中、お気持ちを汲み取り、臨機応変な対応が出来るのも永年御葬儀に携わってきた担当者のなせる業です。

 担当者は御葬儀を仕切りますが、主役はご喪家であり、私たちは悲しみを癒すお手伝いをし、お任せして大丈夫という安心感を持っていただけることが大事との由。