今こそ担当者とのコミュニケーションが大事です・・・。

 昨年来世界中を巻き込んでいるコロナ禍対策は、自国の思惑も絡んで様々な様相を呈してきていますが、日本での感染は来週から開催されるオリンピックをはさんで、増加の一途をたどる傾向にあるとマスコミは警告を発しています。

 昨今、御葬儀の世界も不特定多数の方々がお集まりになる一般葬が敬遠され、このようなご時世ですからと、お身内だけでお見送りされ、通夜を省いた1日葬が大方を占める様になってきました。

 本来でしたら、我が家はこのようなお見送りされたいとのご要望をお持ちだった方も、コロナ禍だからと半ば諦め、規格品の当たり障りのない御葬儀が執り行われておりますが、後々本当はこうしてあげたかった、このようにしてお見送りしたかったとのご不満が出てくるのは必須です。

 しかしながら、御葬儀だけはやり直しが出来ません。

 そのご不満を解消し、ご納得のいくお見送りをするためには、ご喪家のお気持ちをストレートにお話しされ、それを受け止めてくれる担当者との出会いが重要になってきます。

 特に少人数での御葬儀の場合、担当者とのコミュニケーションがどれだけ取れるかにかかっている、と言っても過言ではありません。

 そこで様々な状況を乗り越え、御葬儀を熟知しているベテラン担当者の出番です。

 アンケートでも「葬儀社だけでなく、担当者の方が重要で、常に私共の主旨を素早くご理解頂き、私共と同じ目線で一緒に考えてくださり、コミュニケーションが良く取れ、イメージ通りの葬儀を行うことができました」とのご報告も頂いております。

 また、生活者の目線を常に大事にされていた女性担当者は、その場その場の判断力が大事で、永年常にご喪家の方々のお顔を見ながらやってきたので、接していると何が必要か分かりますとのこと。

 以前立会いにお伺いした際も、何気なく拝見していると、ご出席の皆様があれこれと叔母さんパワーを頼りにしていらっしゃったのが印象的でした。

 ある時、御葬儀の最中に、読経中の御住職の奥様が危篤状態との緊急電話が入りました。

 御住職は火葬場までお付き合いされる様子ですが、担当者は喪主にそっと進言されたとのこと。

 「初七日の法要も終わったことですから、御住職にお帰り願ったらどうですか。ご存命のうちにお会いされた方がよろしいのではと御住職に申し上げては・・・」

 喪主も思わずご納得されたと伺いました。

我が家からのご出発

 かつて御葬儀は自宅で執り行われ、ご近所の方々からのお見送りを受け、永年住み慣れたご自宅からの出発が主流を占めていましたが、都会を中心に住宅事情と相まって、いつの間にか病院からの搬送先もご自宅から安置所に代わり、安置所から葬儀式場へと運ばれ、式場での御葬儀の後、荼毘に付されるケースがほとんどとなってしまいました。

 昨年来のコロナ禍の中、御葬儀自体も3密(密閉・密集・密接)を避け、お身内を中心に出来るだけシンプルな形へと舵が取られ、現状はある意味、よりドライな方向へと拍車がかかってきているようです。

 更に、ご逝去後は病院から安置所、安置所から御葬儀をせずに火葬場へと直行される直葬のケースもごく一般的になって参りました。

 御葬儀の形はご喪家のご事情により夫々ですが、御葬儀形式の変化と共に、故人様が長年育んできたアイデンティティの一環としての我が家の存在は、いつの間にか素通りされてしまった感がありました。

 そんな中、ご近所とのお付き合いも希薄になってきた昨今ならではの見送り方として、通常の逆手を取り、安置所ではなく、以前の様にご自宅からのご出発を希望される方も出てきています。

 病院近くのウイークリーマンションで、長年ご主人の入院生活を支え続けてきた奥様のことが思い出されます。

 ご近所には御葬儀後ご報告される手前、そっとお気を使われてのご帰宅になりましたが、御主人にとって1年9ヵ月ぶりの我が家で奥様が最初にされたのは、長い間閉めっぱなしにされていた雨戸を開け、御主人ご自慢のお庭を見せて差し上げることでした。

 入院という非日常生活から、かつての生活の場であった自宅に一旦お戻りになることで、双方がより日常に近づくことが出来、それがお見送りする方の支えにもなられたとの由。

 また、先日弟様から御相談頂いた方も、病院から御自宅に搬送され、荼毘に付すまでの間、御兄弟だけでご一緒にお過ごしになられ、読経もご自宅で済まされました。

 御葬儀のお式はせずに直葬にてのお別れでしたが、故人様も永年御一緒に住まわれていた御兄弟との生活の場からのご出発で、ご安心されて旅立たれたのでは・・・。

 お誕生日3日前にご逝去された、都内下町商店街の魚屋さんは、御家族のたっての願いで、最後のお誕生日をご自宅でお迎えになられ、お誕生日までの3日間は商店街のお仲間達が随時お集まりになり、最期のお別れをされ、ご自宅からのご出発となられました。

 様々な分野で混乱を招いているコロナ禍ですが、御葬儀の世界も、今一度各人が御葬儀の在り方を問うきっかけになれるかもしれません・・・?

コロナ禍で見えてくるものは・・・。

 東京オリンピックを間近に控え、コロナ禍での右往左往の状況が伝えられる昨今ですが、終息の気配は一向に見えてこないようです。

 3密(密閉、密集、密接)を避け、外出を避け、集会を避け、手洗い実行と出来る限りの準備態勢を取っていますが、更に新たな感染も予測され、様々な分野でのストップ状態が続いていますが、御葬儀だけは待ってくれません。  

 コロナ禍以前は、生前お世話になった方々や、長年親交のあった方々が最期のお別れをと、葬儀式場に掛け参じておりましたが、最近ではご喪家に気を使い、ご喪家サイドもお越し頂く方々を気遣い、御家族のみでのお見送りされるご喪家もみられるようになって参りました。

 以前はご逝去された病院から、葬儀社さんの方で手配された安置所に搬送・ご安置され、御葬儀当日をお待ちするスタイルが多くを占めておりましたが、御家族のみでのお見送りではご葬儀・告別式を省き、その代わり荼毘に付される当日まで、永年住み慣れたご実家で御家族とご一緒にお過ごしになられるケースも増えてきている様です。

 昭和の時代、ご自宅での御葬儀が主流をしめていた御葬儀も、平成・令和といつしか式場での御葬儀に変貌し、葬儀=葬儀式場が当たり前になり、時として華美な状態も取り沙汰されてきましたが、昨今の状況を機に立ち止まって御葬儀の在り方を一考される方も多いのでは・・・。

 長年、家を中心にしてきた御葬儀も、故人様との個人的なお別れをどのようにされるかが問われる時代に突入していくのでしょうか。

 更に、お別れの仕方はご家庭によりご要望も千差万別の時代に入っていくのでは・・・。

 先日も病院でご逝去されたお母様をご自宅にお連れし、荼毘に付すまでの2日間、姉妹3人で見守り、御住職に読経だけをお願いされた後、火葬場へと向かわれました。

 最期のお別れまでの間、お母様とごゆっくりお過ごしになられたご様子と伺いました。

終わり良ければ全て良し・・・?

 「晩年、父は病の連続で苦しい人生になり、医者にも恵まれず、大変な思いをしてきましたが、最後に良い葬儀社さんに恵まれたのも、真面目一筋の父の人徳だったのかな・・・と思っております」

以前、ご相談者から御葬儀後に頂いたお礼の文面の一部です。

 内輪だけでのご葬儀が多い昨今ですが、以前からやり直しがきかない御葬儀の良し悪しは、担当者の采配如何で決まるとまで言われてきました。

 コロナ禍の中、ご葬儀を初めて体験される方も多く、緊急事態宣言下の折、どの様な御葬儀をどの様に始めたら良いのか、中々見当が付かず、ご不安だけが先立ちますが、少しでもご満足のいくご葬儀にするためには、御葬儀までの短期間の間、ご喪家と担当者とのコミュニケーションが、どれだけ取れるかにかかっている、と言っても過言ではありません。

 当センターでは以前から一貫して一人の担当者が最初から最後まで面倒を見る方針を貫いており、特に昨今の様に世の中の状況が目まぐるしく変化していく中、ご喪家の方々にとっても安心材料の一つになっているようです。

 と言っても、葬儀社さんの方で一方的に指図するのではなく、一歩引いた立場での裏方に徹する仕事ぶりに好感を持たれる担当者もいらっしゃいます。

 また、ご依頼者からご要望をお伺いし、「普通」 を押し付けず、ご喪家に見合った御葬儀を提案される担当者と様々です。

 相変わらず、ハウツー式のマニュアル通りの御葬儀が多い中、ここは緩急を心得たベテラン担当者の出番でもあります。

 コロナ禍で様々な制限が加わる場合でも、状況に応じて対応出来るベテラン担当者の臨機応変な采配ぶりが、少しでもご満足のいく御葬儀へと繋がって行きます。

 本当はこうして見送りたかったと悔やんでも、ご葬儀だけはやり直しが出来ません。

 「終わり良ければ、全て良し」ではありませんが、どんな状況下になろうとも、センター共々ご納得のいく手助けの一環になればと存じます。 

最近の葬儀・告別式事情

 昨年来のコロナ禍の中、御葬儀のご様子も大分様変わりの様相を呈してきました。

 3密(密閉・密集・密接)を避けるためにも、お身内だけでのお見送りが大半を占める様になり、状況が状況ですので、お伺いする側も本来でしたら、永年のお付き合いでの最期のお別れに、何をおいても馳せ参じるところですが、ご喪家のことをおもんばかって、通夜をご遠慮されたり、お伺いしても、通夜の後のお食事は御辞退されるケースが大半を占める状況とのこと。

 御葬儀の担当者に伺うと、最近はご喪家の8割方、「通夜ぶるまい」のお食事を省く傾向にあるとの由。

 弔問にお越し頂いた方々にお礼の意味も込め、また故人様を供養する為にも、大いに召し上がって頂くよう、大皿にもられたお料理もすっかり姿を消してしまいました。

 更に、通夜を省いた葬儀・告別式の1日葬も多くを占める様になり、出来るだけご出席の方々との接触を避けるためにも、独自の演出はご遠慮され、ご出棺も通り一遍の儀式として取り扱われているご様子との事。

 howツウ式のお別れだけが目につく昨今です。

 数年前、立会いでお伺いした御葬儀のことが思い浮かばれます。

 告別式も無事に済み、最期のお別れの時がやって参りました。

 柩を囲んだ数十人の叔父様達は、一気に半世紀前の学生時代にタイムスリップしたかのようです。

 上着を脱ぎ、スクラムを組んで、面倒見がよかった先輩の柩を取り囲み、溢れる涙を拭おうともせず、蛮声を張り上げ、応援歌をいつまでもリフレインしていました。

 周りを囲んだ参列者も思わず目頭を押さえ、暫しの間その場が告別式であることを忘れさせる程、穏やかな空気に包まれていました。

 御葬儀の慌ただしさを忘れ、当方も見とれていると、後からお声がかかりました。

 「良いご葬儀だったね・・・」

 聞き覚えのある声にハッと我に返り、思わず頷きながら振り向くと、ベテラン担当者が立っていました。

 コロナ終焉後を期待しています。

コロナ禍の中、担当者からの助言

 最近はコロナ禍のせいにして、あなた任せの御葬儀で済ませてはいませんか?

 コロナ終焉後、こんなはずではなかった。

 本当はこんなお見送り方をしたかったと悔やんでも、やり直しはききません。

 昔から「後悔先に立たず」とはよく言われていますが、今こそ、この言葉が当てはまるのは・・・。

 ネットで検索された御葬儀情報を鵜呑みにして、言われるまま葬儀社さんのレールに乗り、終了後の請求書をご覧になりビックリと言うケース等も以前から伺ってはおりましたが、昨年来のコロナ禍の中、更に御相談もままならない状況下では、ご要望も遠慮してほどほどにと忖度され、気が付いたら御葬儀は終わっていたというケースを最近よく耳にします。

 コロナ禍で状況によりやり方や方法は変われども、御葬儀の本質に変わりはありません。

 現在の情況下で、出されたご要望が難しければ、別な方法を提案し、条件に合った対応を可能にするのは、永年あらゆる局面を乗り越えて御葬儀に携わってきた、ベテラン担当者の心意気ではないでしょうか。

 現状が無理なら、別なこのような方法もある旨提案し、可能な限りご要望に近づける・・・。

 今こそ経験豊富なベテラン担当者の出番では・・・。

 以前、ご葬儀に立会いでお伺いした折にも、担当者に全幅の信頼を寄せていらっしゃるご相談者をお見かけしていると、双方のコミュニケーションの取り方がつぶさに感じられ、ご喪家のご要望に見合ったご葬儀になったのではと実感させられたものでした。

 また、御葬儀後のアンケ―トでも初めてのご葬儀をご不安の中、無事終えられ、ほっとされたお気持ちが感謝のお言葉として綴られております。

 「ボーっとしていたら(葬儀社に)いいようにされてしまった」とのお話はよく聞きますが、「ボーっとしていたら(依頼者である私共の)いいようにしてくださった」

「追加オプションを勝手に付けられた」とはよく聞きますが、担当者は「これは不要ですね」と削ってくださいました。

との文面に、ご紹介した者として、ベテラン担当者の心意気を感じたものでした。

 直葬で出来るだけ費用を抑えたい方からは「的確な助言、提案を頂き、オプションが用意されているものでも、自分達で準備ができれば費用も抑えられる等、葬儀社にとっては不利益であろう提案もしてくださり、有難かったです」と・・・。

御葬儀に間に合わない・・・。

 先日、特別養護老人ホームの成年後見人をされている方から、御相談を頂きました。

 担当されている方の中で、看取りの段階の方がお1人いらっしゃいますが、万が一の際、唯一ご連絡できるお身内の方は海外在住で、日本にいらっしゃらないとの由。

 情況は刻一刻と切迫してきていますが、コロナ禍の中、海外でのお仕事を中断するわけには行かず、また知らせを受けてすぐに、帰国できるかどうか微妙な段階とのことでした。

 後見人の方も初めての経験で、どの様な対応をしなければいけないのか、はたまた帰国できない場合は、後見人であるご相談者が御葬儀の対応をしなければならない状況になるが、その場合、どの様に対処すべきか。

 ご遺体の安置や、万が一の際の火葬の日取等の融通性などをお知りになりたいとの由。

 早速に小規模ですが、市内に安置所を所有し、臨機応変な対応が可能かと思われる担当者をご紹介させていただきました。

 御紹介した担当者からセンターにご逝去の報が届けられたのは、それから9日後でした。

 矢張り、お身内が他にいらっしゃらない一人息子様は、帰国の途につくことがかなわず、後見人の方が立会いでお見送りになられるとのことです。

 万が一、帰国可能でも羽田、成田からの公共交通機関の利用ができず、お出迎え頂けるお知り合いもいらっしゃらないとの由。

 コロナ禍の中では、帰国後2週間の移動も制限されており、唯一お身内である母様との最期のお別れもままならないのでは・・・。

お気持ちお察し、申しあげます。

 昨年来のコロナ禍の中、感染の有無だけで終わらず、気が付いたら、御葬儀の在り方や社会の仕組みそのものも変えて行ってしまうのでは、そんな危惧さえする昨今です。

「通夜ぶるまい」に癒された御葬儀は何処へ・・・?

 シャンパングラスを片手にお話が弾み、一見同窓会と見間違えそうな雰囲気と喪服姿が違和感なく共存していました。

 彫刻家だった故人様の大好きだったカザルスの演奏曲が流れる中、御葬儀は立食のパーティー形式で執り行われ、式場入口で頂いた白い薔薇を柩に献花した後、グラス片手にお料理を召しあがりながら柩の周りにお集まりになり、久しぶりの旧交を温めて、お話も弾んでおりました。

 喪主の息子さんの「長いこと、ご苦労様でした」の御挨拶に続き、ご会葬の皆様ご一緒に乾杯のご唱和でしめくくられました。

 又、ご高齢者が多いご葬儀では、通夜の読経とご焼香が終わった後、式場はそのままテーブルセッティングされ、祭壇と柩の前にテーブルがTの字に並べられ、お食事の用意が整い、棺に向かっての乾杯に始まり、故人も交えてのお食事会のような雰囲気が伝わってきました。

 お招きする側も、精神的・肉体的にも疲れ果てている時出会ったお料理に気持ちが癒され、立派に喪主を務める勇気が湧いてきたとおっしゃる喪主の方もいらっしゃいました。

 一方で、お式は出来るだけ質素に、その代わり、わざわざお越し頂いた方々には美味しいお料理で十分なおもてなしをされたい、とのご遺族の意向を汲み、意気に感じて、今までに60軒以上の仕出し屋さんを当たり、一軒一軒お味を吟味しながら、数年かけてやっと満足するお食事に出会えましたとおっしゃる担当者もいらっしゃいました。

 「通夜ぶるまいは沢山食べて頂くのが供養になりますので、ご焼香を終えられたご会葬者お1人お1人にお声を掛けて召し上がっていただきます」とは御葬儀担当者の弁。

 生死がはっきりしている魚や動物の肉料理に対し、野菜中心の精進料理が主だった通夜のお料理も、時代と共にいつの間にか故人様やご喪家のお好みのお料理に取って代わり、大皿に盛ったオードブルや寿司、てんぷら、煮物等が中心となり、御葬儀の関心を一身に集めて参りましたが、昨年来のコロナ禍のなか、感染防止の為と称し、通夜のお料理の大皿が消え、お一人様用のお料理に、また精進落としもお持ち帰り用の仕出し弁当に取って代わってしまいました。

 おもてなしの姿が消えたこれからの御葬儀、「通夜ぶるまい」のこだわりは何処へ・・・。

あれから1年・・・。

 昨年夏の初め、お父様がコロナに感染され、ご高齢で、重症化の一途をたどり、状況もかなり切迫しており、万が一を想定しておきたいとのご相談を頂きました。

 コロナ感染が発覚した春先以来、センターも賛同社各社に問いあわせておりましたが、更なる状況変化に伴い、賛同社各社の対応状況を再確認したばかりの頃でした。

 各社共、対応は地域により様々で、小規模な賛同社さんの場合、ご喪家サイドの感染状況も考慮され、万が一の場合を想定して、担当者は施行後1週間~2週間の自宅待機を余儀なくされる為、対応がむつかしいと申し出る社も出てきておりました。

 また、担当者お1人で御葬儀の対応をされている方の中には、常に車に防護服等積んで準備をしておりますが、現実問題としてコロナ以外の御葬儀との比較が難しく、ご連絡頂いた時点でお断りせざるを得ないとおっしゃる方や、代行業者さんに、お任せせざるを得ないとの回答をされる方もいらっしゃいました。

 地域によっては、目張りをして病院指定の霊安室にそのまま移動し、火葬場に直行という社もございました。

 一方で、安置所の確保が出来たので、基本料金に防護服2着分等がプラスされますが、対応致しますとの社もございます。

 更に別の社では病院からの搬送、ご安置、火葬まで全てマニュアルに沿って、お引き受けしますという社も出てきました。

 コロナで荼毘に付す際は、指定斎場の火葬場でも、通常の火葬時間外の火葬となり、更に火葬中は休憩室やロビーでの待機も叶わず、車中か外でお待ちいただくことになるとの由。

 様々な制約の中、ご相談者にはコロナ感染者の御葬儀の状況を説明させて頂き、万が一の際ご連絡頂けれ、すぐ対応可能な賛同社をご紹介できる旨お知らせしておきましたが、半年後の先日、無事退院できたとの吉報を頂きました。

 対応した当方も思わず我がことの様にホッとさせられたものでした。

 クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でのコロナウイルス感染騒動から早1年。

 御葬儀状況も表面上は大分様変わりを見せては居りますが、基本は変わりません。

 勢いこの時とばかりに、インターネットを通じてのハウツウ式の御葬儀相談が増え、御葬儀へのご要望も、声に出しにくい状況ですが、最期のお別れもこんなご時世だから、とあきらめる必要はありません。

 こんな時こそ、ハウツウ式ではない、長年培ってきたベテラン担当者の出番です。

 悔いのないご葬儀で、お見送り出来るよう、祈っています。

最期の晩

 コロナ禍の報道に、相変わらず一喜一憂する毎日が続いています。

 都内での感染者数は日により多少減少しても、重症患者数がかえって増え続け、医療崩壊も視野に入れておく必要ありと連呼されておりますが、一方でコロナの実情も分かってくるに従い、少しづつではありますが、落ち着きを取り戻しつつあるようにも思われます。

 防止対策として3密(密閉、密集、密接)に続き、さらに不要不急の外出が取り沙汰される昨今ですが、御葬儀だけは取りやめるわけにはいきません。

 勢い、御葬儀にお伺いする方もご喪家側も、お互いの気持ちを察し、感染拡大を防ぐ手立てとして、お身内のみで執り行うことで、今少しのご辛抱を・・・と、双方が歩み寄る形に落ち着いてきているようです。

 通夜、告別式と続く御葬儀自体も通夜を省き、葬儀・告別式のみ執り行う1日葬が増え、2日間の御葬儀でも、特に通夜のお食事に関しましては省略されるケースも多く、通夜ぶるまいとしてお出しするのは現状2割程度とおっしゃる葬儀社さんもいらっしゃいます。

 また、時として最期の晩の過ごし方はご喪家にとりましても、ご出席の方々にとりましても、特別感慨深い思いにさせられるようです。

 コロナ禍以前には、こんなエピソードもございました。

 通夜ぶるまいの後、遠方から駆け付けたご親族と友人十数名で、式場に御安置された故人様を交代で見守り、さらに隣の大広間にはお布団を敷き詰めて、皆様で一晩雑魚寝をされ、合宿所のような雰囲気の中、翌朝、バケツリレーよろしく、皆様の手で次々とお布団の山が築かれていくのが、圧巻だったとの由。

 参加された皆様からは、次々に、故人様との良き思い出になったと、上気して当時のご様子をお話頂いたと担当者からお聞きし、当方も思わず胸を熱くしたのが思い出されます。

 今となっては、コロナ終息の折には、懐かしいエピソードとしての思い出が、再び現実になることを祈るばかりです。