使いたい斎場に慣れている葬儀社を。

 先日、「葬儀社を選ぶには、地元の葬儀社を選んだほうがいいですか?それともお葬式をするところのあたりの葬儀社を選んだほうがいいのでしょうか」というご相談がありました。

 ご相談者の状況や要望、内容にもよるのですが、センターでは、できるだけ葬儀を行いたい場所から近いところにある賛同葬儀社の中からご要望に合うような社をご紹介させていただいています。
 
 その理由は、担当者がよく使っている斎場であれば使い勝手や細かな決まり事、その時の状況や暗黙のルールなどを熟知しているので、葬儀の際に混乱なく対応してもらえるというご相談者にとってのメリットがあるからです。

 センターのサイト内に斎場の案内ページがあり、案内項目を付け足す際には各斎場に問い合わせをするのですが、同じ質問でも斎場によって回答が異なることがあります。

 例えば、式場と火葬場が併設されている斎場では、精進落としの会食は、火葬中に召し上がることが多いという斎場もあれば、火葬時間が短いので火葬中は茶菓子を召し上がりながらお待ちいただき、本膳は火葬が終わってから召し上がっていただくという斎場があります。
 また、食事は葬儀社がいつも依頼している料理屋さんではなく、斎場の指定料理屋さんに依頼しなくてはならないところもあります。

 普段使い慣れている斎場ならば、そのような細かいルールも熟知しているのでスムーズに対応してもらうことができますが、遠方であまり使ったことがないような斎場の場合、担当者の勘違いひとつが混乱をきたしてしまうということも考えられます。

 都内にあるセンターの賛同葬儀社から、以前地元の葬儀で対応した方から、遠方のご親戚の葬儀の依頼があり、その地域の葬儀に対応してくれる葬儀社をその方に紹介してあげてほしい、という依頼があることがあります。

 もちろん、その葬儀社でもその地域の斎場を使うことはできるので、その方の依頼を受けられないということはないのですが、慣れない斎場で葬儀をすることの心配や、移動の際に渋滞に巻き込まれて、約束の時間に大幅に遅れてしまう可能性もあるなどの、ご喪家にとってデメリットになってしまう要素があるからだと思います。

 ネットで広範囲での葬儀の対応ができると謳っている葬儀社の中には、本当は営業拠点が1か所しかなく、少人数のスタッフで対応しているような葬儀社もあるようですが、できれば葬儀を行いたい場所から遠くないところに会社があるところを選ぶのも安心につながるように思います。

お清めの人数確定は当日までOK・・・?

当センターではご相談者のご要望に応じて賛同社からお見積りをお取りする際には、必ずセンターの見積説明書を添えてお出ししておりますが、ご不明な点やご要望等がございましたら、どの様な事でも構いませんので、ご連絡をお待ちしております。

 先日も見積りをご検討いただいた方から、通夜と精進落としのお食事をされる方の最終確認はいつになりますでしょうか、とのお問い合わせをいただきました。

 葬儀・告別式後の精進落としは、通常ご家族・ご親族が中心になり、前日の通夜終了後、担当者の方で最終確認を致しますので、当日大幅な違いはありませんが、問題は通夜のお清めです。

 担当者は最終的な本見積りの確定を、ぎりぎり前日までお待ちになる方が多いようですが、時として、当日に持ち越される場合も出てきます。

 当方が立ち会ったご葬儀でも、当日ご会葬の方が予想以上に多くお越しいただいた場合、とりあえず、ご喪家とご親戚の方々の分を一般のご会葬の方々に召し上がっていただき、その間、お身内の方々は読経が終わった通夜の式場で、ご住職の講話に耳を傾けていらっしゃいました。
 ご会葬の方々のお清めが終わった頃、追加のお料理が到着し、皆様何事もなかったように、和気あいあいと召し上がっていたことが思い出されます。

 お料理の手配一つをとっても、時にご苦労がお有りのようですが、ベテラン担当者の腕の振るいどころでもあるようです。

 以前「内々の家族葬で」と言われていたご葬儀に立ち合いでお伺いした折のこと、こぢんまりした式場がご会葬の方々でごった返しておりました。
 びっくりして、担当者に前夜の通夜の状況を伺ったところ、本日以上に混雑していたとのこと。

 ごく親しい友人数人の他は、ご家族ご親族のみで静かにお見送りしたい、とのご要望に合わせてお取りした会場は、人の波で立すいの余地もない程になってしまったとのお話です。

 実はお亡くなりになった方がフリーのジャーナリストの方で、ご家族の方はお仕事関係の交友を把握しておらず、友人にお知らせしたことで人づてに瞬く間に伝わり、皆さん我も我もと、最後のお別れに、取るものも取りあえずお集まりになり、家族葬用の式場はあっという間に人の波で埋まり、ご喪家の方々はあっけに取られているばかりとのこと。

 ベテラン担当者は通夜のお食事を考え、出来るだけお清めの時間を短縮させるために、柩を前に出して蓋を開け、供花のお花を切って、駆け付けた友人お1人お1人に手渡し、最後のお別れを存分にしてさしあげ、その間、出来るだけお料理を追加し、フル回転で間に合わせ何とか事なきを得たとの報告でした。

 「その為にもうちは近くの料理屋さんにお願いしているんですよ」。
 臨機応変な対応ぶりに感心しきりの当方を尻目に、ベテラン担当者は何事もなかったように、淡々とお話しされていらっしゃいました。

料理がたくさん追加されていました・・と。

 前回に引き続き、以前センターにお問い合わせをいただいたご葬儀後に気がつかれたトラブルについて書こうと思います。

 昨年、お電話でお問い合わせをいただいたのですが、よく言われているトラブルの中のひとつの、「お通夜の時に、勝手にどんどん料理がでてきて、結果、たくさんのお料理が食べきれずに余ってしまっていた。案の定、葬儀後に受け取った請求書の料理代は最初の見積りからかけ離れた費用になっていたので納得がいかない」というものでした。

 葬儀前の打ち合わせの時点で納得をされても、実際の請求時に追加・追加で加算されてしまい、思っていた費用よりもかなり高額になってしまったというものです。
 確かに、お料理やお返し物の金額は実際にお越しになった人数によって変動するところなので、見積りと請求の金額に差が生じる可能性のあるところ。
 特にお料理の場合は、数がはっきりしているお返し物と違って、最終的にどのくらいの数が出たのかを把握するのは難しいものです。
 実際に料理が並べられてしまっているので、後から納得がいかないと言っても、それについて対応してもらうのは難しいかもしれません。

 良心的な葬儀社でしたら、ご会葬の人数を見ながら、足りなくなりそうだと判断した時点で喪主やご家族の方に、追加について相談すると思いますが、葬儀前の段階で、良心的な葬儀社なのかどうかを見分けるのはとても難しいことのように思います。
 このお問い合わせをされた方も、見積りの段階ではご納得されていたのですから、少なくともその時点ではその葬儀社を信用していて、不信感はお持ちになられていなかったわけです。

 私がセンターに入ったばかりのころ、「電話帳で“あさがお葬儀社紹介センター”という名前を見た。おたくは葬儀社じゃないみたいだが、何をやっているところなのか」と聞かれたことがありました。
 葬儀社の紹介をするところであることをお伝えしましたが、「葬儀社なんて、電話帳にたくさん載っているんだから、てきとうに電話をすれば葬儀はやってもらえる。おたくのやっている事の意味がよくわからない」と言われ、うまく説明出来なかった事を未だに残念に思っています。
 その時、その方に理解していただけるように説明できなかったのは、世間でよく言われているトラブルについて、「今でも本当にそんなことがあるのかな」と少し思っていたところがあったからかもしれません。
 それから数年の間に、何件かの実際にそのようなトラブルに巻き込まれてしまわれた方から話しをお聞きし、『葬儀社を選ぶ』ということがどれだけ大切なのかということを実感させていただきました。
 大切な人を満足のいくご葬儀でおくっていただくために、『葬儀社を選ぶ』ということに関心を持っていただければと思います。

お食事会でお見送り

イヤー 久しぶりとばかり、シャンパングラスを片手にお話がはずみ、一見同窓会と間違えそうな雰囲気と喪服姿がそこには違和感なく共存していました。

 先日受けたご相談で、ご希望をあれこれとお伺いしていくうちに、7年程前に立会った無宗教葬での1日葬のことが思い出されました。

 そこには従来のご葬儀とは異なったおもむきが感じられ、これからのご葬儀のあり方のひとつとして、鮮烈な印象を受けた思いがありました。

 ご葬儀は彫刻家だった故人様の大好きなカザルスの曲が流れる中、立食のパーティ形式で執り行なわれ、式場に一歩踏み入れるとオードブルを始めとして、フランス料理やグラスがテーブルに並べられ、お客様をお迎えしていました。
 式場前方に目を向けると、白い薔薇に囲まれた柩と、その両脇に故人様の作品のパネル写真2枚あるのみの、きわめてシンプルで、かつ葬儀会場らしからぬ式場風景でした。

 ご会葬の方々は式場入口で頂いた白い薔薇を柩に献花した後、グラスを片手にお料理を召し上がりながら柩の周りに集まり、久しぶりの旧交をあたためて、お話がはずんでおりました。

 喪主である奥様のご挨拶の後、マイクを皆様にお渡しすると、パリ留学時代を懐かしんだ話から最近のエピソードまで、故人様への思いの丈が披露され、お話は次々と続きます。
 息子さんの「沢山の友人に囲まれておやじは幸せな人生だったと思います。お父さん、長いこと、ご苦労様でした」のご挨拶の後、旅立ちにあたり、最後は皆様ご一緒に「乾杯」のご唱和でしめくくられました。

 柩のまわりの白い薔薇もお別れ花として手向けられ、白い薔薇に囲まれた故人様に、奥様から送られた真紅の薔薇1輪の鮮やかさは、今でもその風景がよみがえってくる程です。

 あれから7年の間にはご葬儀の事情も大分様変わりして参りましたが、都会の一部を除いてご葬儀式場での飲食が許可されているところはまだ限られており、ご喪家のご希望のお料理との兼ね合いを併せると条件はさらに難しくなりますが、できるだけご相談者のイメージにそったご葬儀を、担当者にお任せできるように、これからもご相談者とのやりとりをより大切にしていくつもりでおります。

故人を囲んで最後のお食事を・・・。

 ご自宅でのご葬儀が年々難しくなってきている昨今ですが、ご自宅以外でもお集まりいただいた皆様と旅立つ前の最後の晩餐会をこころゆくまでご一緒させてあげられたら。
 そんな思いにさせられることがあります。

 仕事柄、度々斎場でのご葬儀に立ち会いますが、ひとつの形式に則り静々と進行していくご葬儀を拝見していると、時としてなんとなく距離感を感じる場合が出てきます。

 式場を知り尽くしている担当者が通夜に駆けつけた大勢の方々を見事に誘導されている、その手綱さばきには感心しながらも、場合によってはもっと雑然とした状況の中でのお別れの方が故人にとってお似合いなのでは、と勝手に想像する場面に出くわすことがあります。
 お別れにお見えになられた方々はご焼香が終わると式場控室に場を移し、こちらで故人を偲びながらのお清めとなりますが、当の本人は式場の柩の中にぽつんと一人置いてきぼりにされたようで、傍から見ていても一抹のさびしさが感じられます。

 かつて観た韓国の土俗的なお葬式の映画ではご会葬の方々が柩を囲み飲んで食べて歌い踊り、故人との一体感が感じられ、ハレの場として強烈な印象を残していましたが、日本でも地方によってはご自宅でのご葬儀でこれに似たような振舞いが行われていたように伺っています。

 次第に形骸化されてくるご葬儀ですが、時にはご希望により昔ご自宅でされたような最後の晩餐を心置きなくしてあげる。
 時にはそんなご葬儀があってもよいのでは・・・。

 最近では式場での飲食を容認する斎場も少しではありますが増えてきているようです。

 以前伺ったお食事会を兼ねたご葬儀では柩を除けば親しい友人が主催したパーティ会場という雰囲気でした。
 柩の友にシャンパングラスを片手に語りかけ、友の好物に舌鼓を打ち、時には歌い、昔の思い出を語り合う。
 50名余りの皆様はお互いに思いのたけを語り合い、長年の友をお見送りしました。

イス席の式場でのお清めで…

 ご家族・ご親族や親しい友人に見送られてのご葬儀が最近ではごく普通に執り行われるようになってきました。
 都会を中心に流れとしてはむしろこちらが主流を占めるほどです。

 参列される方々もご高齢の方が多くなり、式場でのバリアフリー化は進んできましたが、一方でそれに伴うソフト面でのきめ細かな臨機応変な対応も見逃せなくなってきました。
 
 時に参列される方の中にはお身内の方で介護が必要な方もいらっしゃいます。
 できるだけ最後のお見送りをさせてあげたいと願う、ご喪家のご要望を汲み取るためにも、葬儀スタッフの中にヘルパーさんの資格者の必要性もでてきました。

 また、最近立会いにうかがった斎場では通夜のお清め所が和室のため、イス席の式場でのお清めになりました。
 ご高齢者が多いので、イス席での通夜ぶるまいとなり、通夜の儀式の読経とご焼香が終わった後、式場にテーブルセッティングがほどこされました。
 祭壇と棺の前にはテーブルがTの字に並べられ、お食事のご用意が整いました。

 棺に向っての献杯に始まり、故人も交えてのお食事会のような和やかな雰囲気が伝わってきます。
 親しかった皆様とご一緒の最後の晩餐会に故人様もさぞかし安心して旅立たれるのではと思わせるような通夜でした。

お食事ひとつで、ご葬儀全体の印象まで左右しかねません

 故人を偲び、かつてはご自宅でよっぴて行なわれた通夜ぶるまい(お清め)も、ご葬儀の場が斎場に移り、斎場の門限から逆算していつの間にか大方8時半から9時頃までにはお開きとされてしまっています。
 
 故人のお引き合わせのように通夜に駆けつけたが、久しぶりにお目にかかるご親戚・お友達同士いつまでもお話は尽きず、うっかりすると折角のご馳走も気が付いた頃には片付けが始まり、慌てて箸をつけることにもなりかねません。

 限られた時間の中でもご喪家のおもてなしの気持を酌んであげることも大切です。
 あるベテランの葬儀担当者は「十分召し上がっていただくことが故人の供養になりますから」と言い切り、ご焼香を済ませて帰りかける方々に声を掛けてあげるようにしているとのこと。
 言葉を受けて引き返され、ゆっくりされる方も多いようです。

 以前、お花の先生をされた方の通夜にはお弟子さんのオバサマ達が大勢馳せ参じ、お清めの席では在りし日の思い出話に花が咲き、どなたも席を立とうとされなかったようです。
 皆さんじっくり腰を落着け、人数に見合う以上召し上がられたので、慌てて追加注文されなんとか間に合わせたことをご主人から伺い、思わず感じ入ったこともありました。

 最近では故人様の遺言で「ご葬儀は質素に、しかし来ていただいたお客様には十分なおもてなしを」とお好みのお食事をご指定される方もいらっしゃいます。

 センターのアンケートでも「疲労困憊のところ通夜のお食事で気持が癒されて、無事葬儀・告別式を乗り切ることができました」とおっしゃる方、また一方で「気配りや丁寧な対応ぶり全て満点なのに、通夜のお食事がいまひとつでした」とおっしゃる方もいらっしゃいます。
 お食事ひとつで、ご葬儀全体の印象まで左右しかねません。
 ご喪家のおもてなしのお気持に如何に添えるか、これからも担当者共ども大いに検討の余地有りです。

故人との最後の晩餐にふさわしいお食事とは・・・。

 ご葬儀後にセンターからお願いするアンケートではお褒めの言葉、時として苦言を呈する言葉等に交じり、このようにしてはどうかとさまざまなことでご提案を頂くことがあります。
 お感じになられたことを素直にお書きいただけるお言葉はセンターのスタッフにとっても貴重な資料になり、センターの検討材料にさせていただいております。  
 
 先日は家族葬に関する提案が寄せられました。
 担当した葬儀社のスタッフの気配りに感謝され、わざわざスタッフの名前を明記され、心からお礼を申し上げたいと大変感動されていらっしゃいましたが、その割には出されたお料理が一般的過ぎたようです。

 家族葬だからこそ、より故人との関わりが深く、故人を偲び、故人を囲んでの最後の晩餐会にふさわしいものにしたかった。
 通りいっぺんのお料理ではなく、故人との最後のお食事にふさわしいものをお出しすることが、家族葬でお送りする意味にもなるのではとのことでした。

 都会を中心に増えてきている家族葬を単に会葬者の多い少ないという問題ではなく、ご家族でお見送りされるというコンセプトを真正面から考慮する、大きなヒントがあるように思われました。

「おもてなしは母の遺言ですから・・・」お言葉に甘えていただきます。

 「日本航空の赤字と再建が話題になっている昨今、機内食が以前に比べ質、量ともガックリ落ちてしまったが、食事をケチったら台無しだ」という投書が東京新聞に掲載されていました。
 食することにおいてはご葬儀とて例外ではありません。
 いえ、ご葬儀のお料理ほど後々までご親戚の話題にされるものも珍しいのでは・・・。
 時としてアンケートに「大変気配りがきいた立派なご葬儀でしたが、出てきたお料理が今一つの感がありました」と遠慮ぎみに書かれた文面を読むと思わずご親戚の方々の反応は大丈夫でしたかと聞き返したくなります。
 
 ご葬儀のお料理に関しては皆様、特に女性の関心の深さがうかがえます。
 喪主の方からは「とてもおいしかったです。お通夜の時はその場で食べられませんでしたので、持ち帰りでいただきましたが、煮物など本当においしくて疲れが癒されました。」との報告を受けています。
 精神的にも肉体的にも疲れ果てている時に出会ったお料理で気持が癒され、立派に喪主を務める勇気が湧いて来たとのことです。
 また、もてなす側として「料理に関しても丁度よい分量でよかったです。葬儀社の方の判断で寿司等の追加をお願いした時、大きな桶ではなく、3人前の桶にしていただいたため、食べ散らかしが少なくすみました」との報告もありました。
 また、自分は食にこだわらないという男性の喪主の方からは後日出席された会葬者に当日のお料理について尋ね聞き、内容が良かったとの回答にホッとしましたとの報告をいただきました。
 
 時には通夜のお清めに故人の好きでなかったビールの銘柄が出され不満でしたが、精進落としには別な銘柄に換えていただき満足していますとの方、さほど期待していませんでしたが、お寿司が美味しくて大満足でしたとの方。

 お清めの席のお料理は大皿に盛られた寿司、オードブル、煮物、てんぷら等を中心に、一方の精進落としは会席弁当といったところが一般的ですが、通夜・告別式共精進料理のみで、または京都出身なので湯葉の料理を中心にしたものをというように、それぞれに趣向をこらしたものを注文される方もいらっしゃいます。
 中には精進落としはぜひ生前故人の行きつけの料理屋さんでとの方も。

 一方、受けてたつ葬儀社の担当者の中には関東一円の料理屋さんを数十軒も試して、やっと満足いただける料理屋さんに出会って何処にも負けませんというつわものも出てきています。
 ある喪主の方もおっしゃっています「おもてなしは母の遺言ですから」と。
 故人のためにも大いに飲んで、食べてあげてください。

葬儀の良し悪しは気配りで決まる・・・?

 ご葬儀は日頃ご無沙汰している方々を故人が引き合わせてくれる場でもあります。
 何十年ぶりかでお会いされた方々が積もる話に花が咲き、通夜の儀式が終った後も柩を囲みいつまでも話し込んでいる光景をよく目にします。
 これがご自宅でしたら何の障害もありませんが、斎場ですと話は少し面倒になってきます。
 ことこれが公営斎場ではなお更です。
 先日1年ぶりに頂いたアンケートには葬儀担当者が良心的に利用者の立場で相談に乗っていただけたことへの感謝のお気持ちと同時に、通夜のお清め処ではお父様の友人達が夢中になって話込んでいる間にもお料理が片付けられ皿をまとめられ、来ていただいた方に気を遣わせてしまい、あまり居心地が良いものではなかったことが綴られていました。
 お話ごもっともで、良く出会う風景です。

 公営斎場を例に取ると、業者の方は夜9時までに門をでないと閉門されてしまうところが多く、最後は時間との勝負になってしまうようです。
 逆算した時間帯には終らせ、その前には片付け時間も必要です。勢い8時過ぎをメドに前記のような光景が見られるようです。
 勿論ご喪家側には知らせてありますが、言い出しにくいものです。
 一般会葬者はご焼香が終ればお清め処に誘導され早めにお清めされるので、そんなに問題はありませんが、ご親族、古くからの友人は通夜開始から終了までお付き合いした後になりますので、時間が限られてきます。

 このことをあるベテランの担当者に伺うと、まず式場で思い出話に浸っている方をお見かけしたら「そんなところに立っていないで、どうぞお料理の方に行ってお話しされたらどうですか」とこまめに誘導するとのことです。
 前の方が食べ散らかして空席ができているところは片付けながら残った料理を綺麗に盛り直す。
 お話に夢中の方にはお声を掛けて召し上がっていただくサインを出す。
 通夜のお泊りの方用に料理屋さんには残りの料理を親族控室に運んでもらい、こちらでお話されながら召し上がっていただくようにするとのことです。

 こまめにさりげなくタイミングよく気配りすることが大切なようです。
 美味しかったお料理は故人の思い出と共にいつまでも語り継がれていきますので。