コロナ騒動以後の御葬儀は・・・?

 今年に入り、コロナ騒動で早くも半年近く経ってしまいました。

 この騒動を境に御葬儀の世界も大分様変わりを見せてくるのでしょうか。

 最近では「三密」状態から出来るだけ人と人との接触を避けるため、生前お世話になった方々と最期のお別れをされる一般葬が姿を消し、お身内だけの家族葬又は火葬のみの直葬を御希望される方が主流を占めるようになり、特に各地の公営式場は式場の予約が極端に減り、火葬場のみが混み合うという現象も起きていると伺っています。

 直葬の場合、通常ご遺体は安置所から火葬当日直接火葬場に向い、御住職には火葬場にお越しいただき、炉前にて10分程の読経をお願いすることになりますが、ご喪家の中には読経時間が余りに短いと難色を示す方もいらっしゃいます。

 しかしながら、葬儀社ご自身で安置所や式場を所有されている場合、空いている部屋を利用し、火葬当日の出発前に棺へのお花入れをされ、ゆっくり時間をかけて最期のお別れは可能ですが、御住職にお越しいただき、読経をお願いすることになりますと、多くの場合1日葬扱いになってしまうのが現状のようです。

 そんな中、まだ少数ですが市営斎場のお別れ室をご利用され、お別れ室のご利用時間内(25分間)でしたら読経も可能な状況も出て参りました。

 一方で自社安置所を所有されている葬儀社さんの中には、少数ですが火葬前日の面会時間を利用され、ゆっくりとお別れ時間を取り、その間御住職をお呼びして自由に読経をされることも可能な社もございます。

 ご葬儀も、これからは時代のニーズに合わせたやり方が検討され、人々の意識の変化と共に、コロナ騒動は従来の“ご葬儀はこうあるべき”という呪文から解き放つ材料になりうるだろうか・・・。

5月の薔薇

 五月晴れの空の下、鎌倉の料理教室に伺う道筋は垣根越しに色とりどりの薔薇のお花が咲き乱れ、暫し足を止めて見入っていたものでした。

 コロナ騒動で外出自粛の中、1年前の光景が、遠い昔のように思われる昨今ですが、薔薇の季節への想いはお花の中でも格別なものがあるように思われます。

 お花が欠かせない御葬儀では薔薇にはトゲがあり、お花は鮮やか過ぎて向かないとまで言われておりましたが、最近ではあえてご利用になられ、時には薔薇でなければ、成り立たなかったのではと思わせる程のインパクトをもたらす場面も度々目にするようになりました。

 無事御葬儀が執り行われましたとご報告頂いた担当者から渡された1枚の写真には、思わず見入ってしまいました。

 そこには棺の蓋が黄色の薔薇の花で埋め尽くされるほどの見事な花束が映し出されていました。

 奥様の誕生日に歳の数だけ毎年薔薇の花をプレゼントし続けてきた御主人へ、奥様からの最初で最後の贈り物とのこと。

 ご逝去された御主人のお歳に合わせた60本の薔薇が奥様の想いを全て語っているようで、思わず胸が熱くなる思いをしたものでした。

 又、以前立会いでお伺いした御葬儀では棺の周りを白い薔薇で飾り、御葬儀の進行も自分達で執り行いたいとの御希望をいただきました。

 1日だけのお別れ会形式で執り行い、写真は撮らず、一切のものを残さないとの御葬儀では、ご喪家の御希望で献花も最後の棺へのお花入れも白い薔薇の花で統一されました。

 白い薔薇の花で埋め尽くされた中、最後に奥様が手向けたのは真っ赤な一輪の薔薇でした。

 もの言わぬ1輪の薔薇に全ての想いが込められているようで、その鮮やかさに暫し見入っていたことが、昨日のことの様に思い出されます。

 そんな想いの中、今年は横浜イングリッシュガーデンの薔薇、友人宅の丹精込めた薔薇等、いずれも伺えませんでした。

 来年こそは5月の薔薇を心ゆくまで堪能したいと思います。

コロナ騒動余波

 今年に入り拡大続けているコロナ騒動は、日常生活に新たな問題を次々と派生させてきているようです。

 5月14日、連休明けの1週間後、全国39県では新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が条件付きで解除となりましたが、関東地区では依然として東京を始め神奈川、千葉、埼玉が全国的な基準値を上回り、解除が見送られてしまいました。

 様々な世界に緊急を要する様々な問題が派生しており、ご葬儀の世界も、例外ではありません。

 万が一、コロナが原因で御逝去された場合、御家族の方々は御臨終にも立ち会えず、さらに最期のお別れもままならず、法定伝染病の際と同じく、ご遺体は24時間以内に非透過納体袋に入れられた状態で、荼毘に付されるという慌ただしい形が取られます。

 一方、御葬儀の担当者間でも問題が出てきているようです。 

 死因を特定できない場合、通常ご遺体は管轄の警察に運ばれ、警察にて検査を受けますが、このご時世ですので、万が一を鑑みて血液検査を執り行った場合、結果が判明するのを待つ間、通常6~7時間を要しますので、その間も、担当者はご遺体の搬送、ご遺体の近くで御葬儀の準備をされたり、時にはご遺体と接する場合もあり、感染が判明するまでの間、ご遺体との密着度が心配されているとのことです。

 また、御葬儀をお受けする式場サイドでも、ご出席者10名様以内でお願いしますと人数制限をされるところも出てきていると伺いました。

 ご喪家も万が一を鑑みて、ごく内輪のお身内のみに限定される場合が多くなりました。

 先日、お父様の万が一を鑑みて御相談を頂いた方からは、このご時世ですので、直送にて御家族のみでお見送りし、後日お別れ会のような形を御希望されているとのお話しをお伺いしました。

 1日でも早く、多くの方とお別れ会ができる状況になることをお祈り致します。

続くコロナ騒動・・・。

一向に減る気配がないコロナの猛威も5月連休の山場を迎え、ここで食い止めなければとの皆様の意識も高まり、諸外国の対応にようやく足並みを揃え、厳戒態勢に入ってきました。

コロナ感染から身を守るにあたり、様々な集まりも中止や延期が余儀なくされ、遊技場等においては警告を無視した業者の名前を公表する地域まで出てきていますが、御葬儀だけは執り行わないという訳には参りません。

その対策として、式場の多くはご列席の方々の接触を出来るだけ避け、人と人との間隔を取り、通夜を省いた1日葬が多数を占め、さらにお式を省き、火葬30分前に直接火葬場にお越しいただく直葬に切り替えるご喪家も多くなってきました。

さらに、コロナに感染された方の中には軽い症状の方も急変される場合が報告され、免疫力の低い方、お年を召した方の死亡率が高いとのご報告がなされています。

伝染病で御逝去された場合は病院から直接火葬場に運ばれ、御家族・御親族の最期のお別れもかなわず、火葬後の御骨拾いも難しい状況です。

戸惑いと焦燥の中でお別れが不可能な場合を鑑みて、一部地域で執り行われている火葬後に御葬儀をされる骨葬も考慮の対象になりつつあるようです。

今後の御葬儀の在り方も、コロナ騒動を機に変化を見せてくるのでしょうか。

コロナウイルスが騒がれている中、先日90歳の卒寿を迎えられた大先輩からお手紙をいただきました。

卒寿を過ぎてもお元気で活躍されている先輩も、コロナ騒動で外出もままならず、自宅待機を余儀なくされ、仕事場や趣味の教室には行かれない代わりに、今までつんどくになっていた読みたい本を片っ端から読破され、友人に手紙を書き、お使いを口実に駅前スーパー、郵便局、銀行と1日5千歩前後歩き、自家製マスクづくりに精を出していらっしゃるとのこと。

若輩の繰り言を受け止め、無言の叱咤激励に感謝しております。

当方もコロナ対策としてまずは自家製マスクづくりから始めてみましょう・・・。

直葬と最期のお別れ

 コロナ対策で人の集まる場所は暫くの間極力避けるか、集まりを延期してくださいとの通達が出されましたが、御葬儀だけは待ってくれません。

 ご喪家側も、御葬儀にどの程度お呼びしてよいものか、難しい状況に直面されていらっしゃることと存じます。

 お呼びする方も、ご出席される方も戸惑われる中、ならばいっそのこと、思い切って御葬儀のお式を省いて御家族のみでお見送りをと直葬のご要望が一気に増えてきつつあると葬儀社の担当者から伺いました。

 ところが、火葬場でのお別れは、すでに別な場所にてお別れが済んでいることが前提ですので、火葬場でのお別れは10分程度と慌ただしく、直葬の場合は最期のお別れもままならないのが今までの現状でした。

 都会では住宅事情等もあり、ご葬儀までの御安置先として、ご自宅以外をご指定されるご喪家が多く、ご自宅以外の御安置先としては葬儀社さんの自社安置所又は葬儀社さんご指定の安置所が挙げられています。

 また、安置先によりそれぞれですが、ご面会の時間等にも制限があり、なかなかご納得のいくお別れができにくいのが現状でしたが、最近では直葬も視野に入れて、最期のお別れを出来るだけご納得のいくような形に持って行く葬儀社さんも増えて参りました。

 火葬当日、ご遺体を自社式場や安置室に御安置され、ご出発30分程前に棺の蓋を開けゆっくりとお別れのお花入れが出来るお別れ式が可能になったり、安置所が住宅地にあり、火葬場ご出発当日ですと黒服が目立つとの配慮で、前日にお越しいただき、1時間以上ゆっくりとお別れができる葬儀社さんや、火葬場ご出発前にお別れ式ができる安置所等も増えつつあり、ご喪家の御要望に合わせた様々な工夫がされて来つつあるようです。

 時代と共に御葬儀の傾向も変わってきました。

 10年前、直葬に対し、認める、認めないで大激論されていたラジオの深夜番組が懐かしく思い出されます。

マスクと桜

 今年は桜の開花宣言が例年になく早く、テレビでは早くも満開になった桜並木を大勢の人が全員マスク姿で右往左往し、とどまることなく歩いている一種異様な光景が映し出されていました。

 かつてのアンダーグラウンドの芝居のファーストシーンを彷彿させるような異様な光景に、観客サイドの我々は展開するシーンがどの方向に進むのか予測が付かず、ひたすら固唾をのんで見守って行くしかないのだろうか・・・。

 毎年の開花予想に一喜一憂するこの桜は日本人にとって花にまつわる思いの中でも群を抜いている様です。

 以前、3月末に対応した御喪家の御葬儀にお伺いした折のことでした。

 「見事な枝ぶりの桜ね。もう咲いているの。どこから持ってきたのかしら…」思わず声の方を振り返ると、中高年の女性の一団が式場入口に飾られた寒桜の花に釘付けの御様子でした。

 「桜の咲く頃までもう少し待ってほしかったわ」我に返ったお1人の言葉に皆様一斉に頷いていたのを見て、思わずこちらも頷いたことが思い出されます。

 そこには御葬儀担当者の計らいで故人様のイメージに合わせ、式場入口に飾られた寒桜が満開の時を迎えていました。

 いつの間にか開式30分前の重苦しい空気が一新され、辺りは和やかなムード包まれ、桜を囲んで故人様との思い出にお話が弾むまでには時間は掛かりませんでした。

 桜の花には不思議な魅力が宿っているようです。

  私事ですが、母の葬儀の時の桜も見事でした。

 葬儀・告別式を無事終え、火葬場に向かうバスの中で、御葬儀の疲れがどっと出て、思わずうとうとしていた時のことでした。

 バスの中が急に明るくなり、何事かと思い、思わず目を見開くと窓の外はピンク一色です。

 バスは火葬場手前にある満開の桜並木の中を走っていました。

 あたたかな雰囲気に包まれて気持ちも落ち着き、思わず御葬儀の疲れも吹っ飛んだその明るさは今でも目に焼き付いています。

 来年はいつものお花見ができることを祈っています。

晩秋とジャズとご葬儀と・・・。

 11月も半ば、お天気も回復しつつ、秋も一段と深まって参りました。

 我が町、東京・阿佐ヶ谷も例年のごとく10月末にはジャズフェスティバルが開かれ、以来街のあちこちでジャズの音色が流れ、晩秋の風物詩としての彩を添えているようにも思われます。

 時に楽しく、時に物悲しく心に響くジャズの音色に魅せられて、ご葬儀でも度々演奏され、ジャズが流れる印象的なシーンもしばしば耳にしております。

 以前、永年都内でジャズ喫茶を経営された方の告別式に立ち会った際、前夜の通夜の御様子を伺い、思わず聞き入ったことが昨日のことの様に思い出されます。

 当初、音楽葬を御希望とのことで、式場選びに難航しましたが、臨海斎場では当日お隣の式場が空いており、多少の音も目をつぶることが出来た御様子です。

 喪主の奥様は「無宗教での音楽葬を」との故人様の遺志を尊重し、通夜は昔からのジャズ仲間を中心に、御兄弟・ご親族の方々にお集まりいただきました。

 ご葬儀の担当者もご喪家の意気に感じ、献花台を正面に置かず、わざわざ右側に置き、献花をされてから正面の柩の故人様とゆっくりご対面し、お話をして頂き、左側には思い出コーナーを創り、ご対面後故人様との思い出の写真や品物をゆっくりご覧頂く流れを創りました。

 通夜の晩、ご葬儀の途中で感極まったお仲間の1人がトランペットを吹くと、他のジャズ仲間もご葬儀中であることを忘れたかのように、そっと楽器を手にして演奏を始め、皆の熱い思いは尽きなかったご様子です。

 一方、地方からお越しいただいたご親族様は、当初通夜が始まるまで無宗教の音楽葬に難色を示し、特に故人のお兄様は大反対とのお話でした。

 しかしながら、仲間達の深い友情を目の当たりにして、通夜の御挨拶では涙ながらに「こんな素晴らしい通夜は初めてだ」と感激されたとの由。

 お伺いした告別式は御家族ご親族のみのお見送りになりましたが、ゆったりとしたジャズの音楽が流れる中、お身内同士のお話が進み、30分後の献花に始まり、柩を囲んでの最後のご対面となりました。

 火葬を待つ間のお食事会で奥様はお兄様から改めて御挨拶を頂きました。

 「これからもどうぞよろしくお願い致します」と・・・。

敬老の日とは・・・。

千葉県下に多大な被害をもたらした台風が去り、その爪痕に四苦八苦している昨今ですが、皆様は今年の敬老の日をどの様にお過ごしになりますでしょうか。

和太鼓の音が真っ青な空に突き刺すように響き渡る中、勇壮活発な音に合わせ、車椅子から身を乗り出すように踊っていた友人の飛び切りの笑顔が、懐かしく思い出されます。

東京郊外の特養老人ホームの広場では敬老の日・イベントのハイライトで、青空の下、若者たちが汗だくになってダイナミックに和太鼓を連打していました。

広い広場も車椅子の方とそのご家族の方々で溢れ、立すいの余地もない程に混み合っている中、永年音楽の世界に身を置いていた友人が久しぶりに見せた笑顔は格別なものがあり、友人の動きにつれて、周りの方々も負けじと若者たちに声援を送り、いつの間にか広場中が和太鼓との一体感で溢れ、大いに盛り上がりを見せていました。

その友人も半年後には帰らぬ人となり、早くも9年の年月が流れてしまいました。

かつて敬老の日と呼ばれていた9月15日の祝日は、ハッピーマンデー制度により、9月の第3月曜日に変更され、日曜日と併せての連休となりましたが、最近は行事としての話題性が今一つ欠けているようにも思われます。

人生100年時代と言われ、当方の周りもご高齢の方が増え、80歳を過ぎてもかくしゃくとして仕事をされている方も多く、老人の定義づけも難しくなっている昨今ですが、年齢にこだわらず、かつて戦後・昭和の時代をけん引したパワーを、再度お見せできるチャンスとして捉える方法もあろうかと存じますが、いかがでしょうか。

令和の時代に期待しています。

直葬と白い服の少女

 夏の終わりを告げるミンミンゼミの声が一段と騒がしさを増しています。

 今年も白い服の少女からのご連絡はまだありません。

 最初にご相談を頂いてから、今年の夏で早10年になりました。

 格式を重んじるご葬儀の世界で、お式を省いた直葬をご希望される方がチラホラと出始め、当時ラジオの深夜放送では、ご葬儀をされないことに関して、喧々諤々と討論された頃でした。

 あれから10年、ご葬儀の世界も大分様変わりし、直葬とまでは行きませんが最近では当方の周りでも100歳を数えた方のご葬儀が内々で執り行われ、ごく親しい方々のみにお集まりいただき、通夜の夜は故人様を偲び、懐かしい思い出話に花が咲いたような様相を呈しておりました。

 10年程前、ご自身の意思で直葬を希望の方から、事前相談のご依頼を頂き、地元の葬儀社さんからご葬儀のお式を省いた直葬の見積りをお取りし、センターの見積説明書と共にお送りさせて頂きました。

 暫く後、妹様と称する方から、お兄様から直葬のお話をお聞きし、「私の際も兄と同様に是非お願いしたい」とのお手紙を頂き、1枚の絵はがきが添えられていました。

 絵葉書には、背丈以上もある真っ赤なカンナの花が咲き誇る中を、スケッチブック片手にまっすぐ前を見据え突き進んでいる、白い服の少女の後ろ姿が描かれていました。若き日の自画像との由。

 「今まで万が一の際は漠然とこのようにしたいと考えておりましたが、大変良く分かりました。しかしながらその時はすでに1生が終っており、自身何一つたずさわることも出来ないはずなのに、客観的に冷静に考えて妙にすっきり致しました。その時期が何年後になるかわかりませんが、いつか必ずお世話にあずかりますことと、後期高齢者ですが、今のところこれといって、体に支障をきたすことも幸いにございません」とお送りした見積書の礼状に記載されていました。

 白い服の少女の希望は「万が一の際は火葬場に直行し、無宗教で家族に見送ってもらえればよい。お墓は20年前に主人が亡くなった際に川口湖近くの霊園に購入済み」との由。

 便りが無いのは良い知らせと、後を託された息子さん達からのご連絡が無いことを祈りながら、「遠い夏の日」の白い服の少女に思いを馳せています。

ブログ、2度目の引っ越し

これまで、レンタルサーバーのブログサービスを利用していましたが、今回、 https://asagao.or.jp/  の中にブログを引っ越しました。

他社のサービスは、自社サイトのような自由度がやはり、ありませんし、最悪サービスも停止することもありえます。

実際、前回の引っ越しの時には、10年以上利用していたブログサービスが停止されて引っ越しを余儀なくされてしまいました。記事にして1000本以上! 手作業で書き換えました。そのサービスも開設当初は、いいブログサービスと言われていたものだったのですが。作業が面倒なだけでなく、引っ越しに伴い、URLが変わってしまうのもかなわないません。

今回は、手作業でする必要はなく、エクスポート、インポートで記事本体は全部、反映させることができます。

それでも、調整をしないといけないところはけっこうありますので、これから調整していくところです。