今年も薔薇の季節がやって参りました。

 鎌倉の友人宅の屋根一面に咲き誇っている白い薔薇の花は、そのまま裏山へと続き、その立体感ある光景は、暫し都会の喧騒を忘れさせてくれる季節の風物詩のようでもあります。

 とげがあり、お花は鮮やか過ぎて当方が関係しているご葬儀関係には向かないと言われている薔薇の花ですが、時としてこの薔薇でなければ、ご葬儀が成り立たなかったのではと思われる程のインパクトを見せることもございます。

 以前立会いでお伺いしたご葬儀では、「祭壇を造らず、柩の周りを白薔薇で飾り、1日だけのお別れ会としてパ‐ティ形式で執り行い、献花も柩へのお花入れも白薔薇で統一し、写真は撮らず、一切のものを残さない」とのご要望がございました。

 彫刻家のご主人が過ごしたパリ時代のかつてのお仲間が集い、思い出話に花を咲かせ、ゆったりした時間が流れる中、最期のお別れとなりました。

 ご会葬の方々が手向けた白薔薇で埋め尽くされた柩に、最後奥様の手で一輪の真紅の薔薇が置かれました。

 真紅の薔薇は奥様の想いをすべて語っているように思われ、その鮮やかさと共に、今でも薔薇の季節になるとその光景が目に浮かびます。

満開の桜とその魅力とは・・・。

 隅田川両岸の桜並木はすでに満開の様相を呈していました。
川面に映るネオンや行き交う屋形船の赤い提灯がアクセントとなり、それはどこか心躍る1枚の絵を見ているようでもありました。

 夕暮れ近く、舞台と観客席に分かれた2艘の船上では、江戸時代に流行った写し絵が150年ぶりに上映され、日本の四季を代表して桜の花が大写しになると、両岸の桜並木と相まって、辺り一面桜色に染まった風景となり、何か特別な物に包まれ、その付近一帯がまるで時が止まったように感じられる程でした。

その様相に、状況こそ違えども、ふと、13年前のことが思い出されました。
それは母の葬儀を終えて、火葬場に向かう車中での出来事でした。
バスの中でご葬儀の疲れと温かい春の日差しにうとうとしていると、急に辺りが明るくなり、ホワァとした空気に包まれ、思わず何事かと眼を見開くと、窓の外は淡いピンク一色の桜のトンネルの中でした。
何かに染まったように明るく、暫し時が止まったような感覚は、満開の桜のみが持つ不思議な魅力なのでしょうか。

ご葬儀でも最近は自然志向の高まりもあり、お墓は不要とご遺骨を細かく砕き、粉末にして、樹木の下に埋葬される方も増えて参りました。
友人の新潟の友はたっての願いで樹木葬を望まれ、大好きだった桜の木の下に埋葬されることをご希望になられたとの由。

喪主になられたお兄様からお話を聞かされた友人は、当初戸惑いもありましたが、満開の桜の下でゆっくりと話し合えそうだと気持ちを切り替え、今では期待も徐々に膨らんできているとのことです。
「今年は新潟まで桜を見に行ってきます」
友人の電話口の声はどことなく弾んでいました。

今年の満開の桜は後何日愛でることが出来ますでしょうか。

生花祭壇

 生花祭壇を選ぶ方が多くなってきてから、ずいぶん年月がたち、こだわりを持って祭壇を作る葬儀社も多くなってきたように思います。

 センターの賛同葬儀社さんの中でも、生花祭壇に力を入れている葬儀社は複数あり、そのこだわりについてはさまざまです。

 以前、葬儀社の担当者から伺った話しでは、お父様のご葬儀よりお母様のご葬儀のほうが祭壇のデザインやお花の色味などの希望をおっしゃる事が多いように思いますとのこと。
 ご生前、花が好きだったので、庭にはいつも母が育てている花が咲いていたのでなど、お母様をイメージできるお花をリクエストされるそうです。

 センターの賛同葬儀社さんのところにお邪魔した時にお聞きした話しでは、生花祭壇に使う花は、リクエストが無い限り、「百合なら、誰が見ても百合と分かるものを、バラならば遠くから見てもバラと分かるものをなど、花に詳しくない方でも何の花が使われているかわかりやすい種類の花をつかうようにしています」とのことでした。
 たしかに、例えば百合といってもその種類は多く、ぱっと見て百合と分からないかもしれないようなものもありますが、誰が見ても「百合」と分かれば、「綺麗な百合の祭壇」と印象に残して頂けるかもしれません。
 小さなこだわりかもしれませんが、そんなこだわりも心づかいのひとつにつながるように思います。

 また、花屋が母体で葬儀社をやっているところでは、今まで生花祭壇で同じデザインのものを作ったことがないとおっしゃっていました。
 こちらは「お任せで」と言われることも多く、ご遺族が出来上がった祭壇を見て喜んでくれる姿を見るのが励みになるようです。

 葬儀社によって価格や大きさ、でデザインが様々な生花祭壇ですが、その故人様のためだけに作られるものですので、故人様のイメージで作って頂くのもいいかもしれません。

秋の空とコスモスに囲まれて・・・。

 青空の下、辺り一面に咲き乱れているコスモスの花が風に揺られています。
 暫しの間、昭和記念公園のコスモス畑の中に立ち、久しぶりに心の安らぎを覚えたものでした。
 
 人は誕生から最期まで何時でもお花と寄り添ってきていると言われます。
 お花との御縁は最期まで切れないようです。

 以前、ご葬儀の立会いにお伺いした折にも、柩いっぱいの花びらに囲まれたお顔は一段と明るく映り、今にもパッチリと目が開かれるのではと、ドキッとさせられたこともしばしばございました。

 花祭壇が主流になった現在では、以前の様に仏式だからと言って、お花を限定されることもなく、お好みの色やお花の種類をご指定される方も多く、母の日近くには真っ赤なカーネーションで祭壇を埋め尽くす方、また柩の上いっぱいに大好きな薔薇の花束をささげる方と様々です。
 
 特に薔薇はトゲがあり、お花は鮮やか過ぎて、ご葬儀には向かないお花と言われていましたが、立会いでお伺いしたご葬儀での印象は鮮烈でした。

 他界されたご主人のお歳の数と同じ60本の大倫の黄色い薔薇は、毎年奥様の誕生日にお歳の数だけプレゼントし続けたご主人への、奥様からの最初で最後の贈り物でした。

 また、柩の周りを白薔薇で飾り、1日だけのお別れ会としてパーティ形式のご葬儀では、献花も柩へのお花入れも全て白薔薇で埋め尽くされておりました。
 最後に奥様が一輪の真紅の薔薇を手向けられ、鮮やかな真紅の薔薇はご主人のメッセージを代弁しているかのようでもありました。

 秋の空としなやかなコスモスに囲まれて、ふと最期のお花を思い浮かべていました。

生花祭壇の花

 生花祭壇で使用している花は、ご出棺の前のお別れの時にお棺の中に手向けるために使われることが多いですが、祭壇に使った花の量が多かった場合、お持ち帰りいただけるように花束にして準備してくれることがあります。

 以前、私の義父の葬儀では、先に火葬をし、一週間後の骨葬にしたため、祭壇に使ったすべての花を花束にしてくれました。大量の花束ができあがり、義父の兄弟妹たちが「もう一束いただいてもいい?」と、とても喜んで下さり、沢山の花を持ち帰って頂いた記憶があります。

 先日、葬儀の事前相談の際、「前に参列したお葬式で、花束をもらったけれど、持ち帰るのが大変だったし迷惑になるかもしれないので、花束にするほど余らなくていいようなサイズの生花祭壇でいいな」というご要望がありました。
 確かに、電車で移動される場合、お香典返しや着替えなど、荷物が多かったり、遠方からお越しになった方は、いただいて帰りたくても、生のお花を長時間持ち歩くのは難しいなど、少しご迷惑になってしまう事もあるのかもしれません。

 一般的には喜んで頂けると思うようなことでも、受け取る側の反応は様々だな、と改めて思いました

 ちなみに、義父の葬儀の時に作ってくれた花束ですが、我が家は持ち帰りませんでした。
 飾る場所が無いもので・・・・。

生花祭壇の花

 花の多い季節です。外を歩いていると、花の写真を撮っている人をよく見かけます。

 事前相談で、「ずっと花が好きだったので生花祭壇にしたいと思っています」と生花祭壇を希望される方は少なくありません。。
 
 生花祭壇を希望される方が増えるのに伴い、生花祭壇にちからを入れている葬儀社さんも増えてきましたし、今では生花祭壇しか扱わない葬儀社も多くあります。

 生花祭壇はお花の種類や色をご遺族のご希望により選ばせてもらえたり、花の数を増やしてボリュームを出したり、逆に減らしてこぢんまりと作ってもらったり、ご要望に出来る限り応じてくれるところも多く、故人様が大好きだった花をメインに作ることに対応してくれることもあります。
 中には、予算に合わせてご遺族のご要望を織り込みながら祭壇をつくってくれる柔軟性に富んだ葬儀社さんもあります。

 以前、葬儀業界のイベントに行った時、某有名華道家の方がデザインした生花祭壇が展示されているのを拝見しました。
 ため息が出るほどの美しさと規模の大きさは、厳粛な中にも圧倒されるような迫力もあり、「すごい!」と感動しました。なかなか見る事ができない貴重な体験だったかもしれません。
 
 私の知人は南国が好きな人が多く、先輩方は「自分のお葬式はカラフルな南国の花で囲まれたいわ〜」とおっしゃいます。
 
 故人様が好きだった花があるのでしたら、相談してみるといいかもしれません。

桜と気遣い

 当センターのホームページでは、ご相談いただいた皆様に、よりよいアドバイスをご提供できるようにと、当センター以外で施行されたご葬儀の口コミ、葬儀社さんの口コミ、又ご利用された斎場の口コミ等をご協力いただいております。

 いただいた口コミの多くは、こんなはずではなかったと、辛口のコメントが大多数を占めておりますが、時に是非皆様にお知らせしたいと紙面からお気持ちがあふれんばかりの嬉しいコメントも頂きます。

 先日いただいた口コミは、北海道千歳市にて、お姉様とお2人でお母様のご葬儀を済ませた方からでした。

 ご葬儀の担当者からは「ご葬儀内容についてなど、周りの皆さんが心配して色々言ってくるかもしれませんが、お2人が良いと思われることをやって差し上げてください」と言われ、前もってお2人のお気持ちはお話ししておいたので、見積り説明の際にも、「会社の規則として内容全てについて説明しなければならないので・・・」と一通り説明された後、「よく選ばれるのはこのランクですが、それより下のランクでも十分だと思います」と無理に上のランクを勧めてくるようなことはせず、むしろお疲れのお2人を色々気遣ってくださったとのこと。

 また、生前お母様が桜のお花見を楽しみにされていたので、せめてもと遺影の背景に桜の花の絵柄を合成していただいたが、担当者は桜の季節にまだ少し早い時期にもかかわらず、祭壇にも桜をご用意されて、お別れのお花入れの際には、つぼみが開いた枝を棺に入れることが出来、さらに遺影の周りには折り紙で桜の花を飾ってくださったとの由。
 さぞかしお母様もお花見を堪能されたのでは・・・。

 私事で恐縮ですが、満開の桜の季節に逝った母が思い出されました。

 担当者の気遣いと、お母様を無事お見送りできた安堵感いっぱいの口コミから、久しぶりに幸せのお裾分けをいただきました。

ご喪家にとって、良いご葬儀とは・・・。

  ご葬儀の良し悪しは、ご喪家と担当者とのコミュニケーションの取り方で決まるとまで言われます。

 ジャズの曲が緩やかに流れる中、柩を囲み静かなひとときが過ぎていきました。
 60歳で他界されたご主人の柩の蓋いっぱいに、歳の数だけ鮮やかな黄色の薔薇が咲き誇っていました。
 60本の薔薇の花は、お誕生日毎にお歳の数だけプレゼントされていた、奥様からの最後の贈り物でもありました。

 当初ご相談を頂いた折、葬儀社さんのホームページを見ても、どの社が良いのか分からなくて、と困惑されたご様子でしたが、ご紹介した賛同社の担当者との話し合いで、お食事と返礼品はご喪家側でご主人のお好みのお料理とご喪家の記念になるものをご用意され、ひとり娘のお嬢さんのたっての願いで、イベント企画のお仕事をされているお嬢さんがご葬儀の進行役を務めることになりました。

 無宗教葬にて執り行われたご葬儀はご喪家先行型で、担当者はあえて脇でアドバイザーとしての意見を申し上げるにとどめ、見守っていく形での進行となりました。

 「生前父は私の仕事内容が良く分かっていなかったようですが、最後にこれで理解してくれたと思います」。
 ご出棺後、お父様のご葬儀を取り仕切った感想を、感無量の面持ちで、担当者にお話しされたとのことです。

 同じ頃、当センターにご相談される前に火葬場併設の斎場にお伺いして、断られたとのご相談をいただきました。
 ご相談者であるお孫さんの一番の願いは、家族の一員として、御祖母様を最後の一晩皆で見守ってあげたいとのこと。

 斎場サイドでは式場控室和室部分で4〜5名様でしたら仮宿泊は可能ですが、柩の置かれている式場は防火対策上、夜9時以降お線香をあげられず、また防犯上施錠をしてしまうので、一晩付き添うことはできないとのお話しです。

 ご家族、ご親族だけで30名程。全員は無理としても、出来るだけ多くの方が付き添え、しかもご高齢者が多いとのことで、ご自宅近くに限定され、祖父様の時と同じ曹洞宗でのご葬儀を御希望されるという難しい条件でしたが、ご紹介した社の担当者は心当たりがあるとのことで、区内のお寺を推薦されました。

 本堂にてご葬儀を執り行い、2階にはお清め室に使われる大広間が2室あり、こちらでの仮宿泊が可能とのこと。

 しかしながら、こちらは貸式場として公開されておらず、浄土真宗大谷派で檀信徒の方々のご葬儀を中心に執り行っており、ご喪家では当初宗派が異なることに戸惑われたご様子でしたが、担当者はお寺に直談判をされ、是非にとご事情を申し上げたところ、ご住職の計らいで2階大広間にて一晩御祖母様と御一緒にお過ごしになられ、翌日無事本堂にてご葬儀を終えることが出来ました。

 ご葬儀に立会いでお伺いした折、担当者に全幅の信頼を寄せていらっしゃるご相談者をお見かけすると、双方のコミュニケーションがどの位取られているかが分かり、その度、今回も良いご葬儀になったのではと実感させられたものでした。

薔薇の花はご葬儀に向かない・・・?

薔薇にはとげがあり、お花は鮮やか過ぎて、ご葬儀には向かないとまで言われているようです。

しかしながら、ご葬儀の担当者からお預かりした1枚の写真の柩の蓋は、鮮やかな大輪の黄色い薔薇の花で埋め尽くされていました。
他界されたご主人の歳の数と同じ60本の薔薇は、毎年奥様の誕生日に歳の数だけプレゼントし続けていたご主人への、奥様からの最初で最後の贈り物と伺いました。

無宗教葬での1日葬を希望され、会社でイベント企画のお仕事をされているお嬢さんのたっての願いで、担当者はご葬儀の進行をお嬢さんにお任せし、脇でアドバイザーとしてご意見を申し上げるにとどめたとの由。

お食事と返礼品はご主人のお好みのお料理とご喪家の記念になるものをとご喪家側でご用意され、お母様との合作のご葬儀を無事終えられたお嬢さんから「生前、父は私の仕事内容が良く分かっていなかったようですが、最後にこれで理解してくれたと思います」と胸のつかえが取れたようにお話しされたご様子を伺い、思わずご紹介したこちらも大きく何度も頷いていました。

黄色の薔薇が全てを物語っているようでした。

また以前、立会いでお伺いしたご葬儀でも「祭壇を造らず、柩の周りを白薔薇で飾り、進行も自分達で決めたい。1日だけのお別れ会としてパーティ形式で執り行い、写真は撮らず、一切のものを残さない」とのご喪家の御希望で、献花も柩へのお花入れも白薔薇で統一されておりました。

最後のお別れは、ご会葬の方々が手向けた白薔薇で埋め尽くされた柩に、奥様が手向けた1輪の真紅の薔薇で締めくくられました。

真紅の薔薇はご主人のメッセージを代弁しているようにも見受けられました。

薔薇の季節を迎えた横浜イングリッシュガーデンでのひととき、五月晴れの空に向かって今を盛りと咲き誇っている鮮やかな色とりどりの薔薇に囲まれて、改めて薔薇の花の強い意志を感じています。

涙腺が弱いせいでしょうか。

 子どものころから比較的涙もろい方だったのですが、最近では「ちびまるこちゃん」を見ていてもホロリとしてしまうほど涙腺がゆるくなってきています。

 ご葬儀は故人様との最期のお別れの場であり、ご家族や故人様と交流があった方にとっては、深い悲しみの中で行われる儀式です。
 私たちはそのご葬儀へ立会いという立場でお伺いすることがありますが、もちろん、故人様とはご生前に交流があったわけではないので、そこに「思い出」というものはありません。

 立会いでは、ご葬儀を斎場の後方から拝見させていただくのですが、時としてこの約1時間の間に、ぐっと感情が入ってしまうことがあります。
 ご葬儀が始まる前は気丈に振舞われていた喪主の方が、お経を聞いている間、ずっと涙を流されているのを見ると、何とも言えない気持ちになります。

 また、お式の後半で、お別れの儀式の準備をするために、皆さまが一旦式場の外に出ることがありますが、準備が整うまでのこの時間は和やかな雰囲気で過ごされているなと感じることが多いのですが、準備が整って、お柩のふたが開けられている式場へ入ると、先ほどまでの和やかな雰囲気が一気に「最期」を感じる空気になり、直接故人様と交流を持ったことがない立場の私でさえ、自分の涙腺がどこまで頑張れるか…、と思いながらも、ご葬儀を後方から見ているのが仕事なので、毎回、どうしても感情が入ってしまうようです。

 葬儀社のスタッフの方たちは、自分達の仕事に集中し、次へ次へと動きまわらなければならないので、毎回のご葬儀で泣いているわけにはいかないのでしょうが、たまに、目を赤くしているスタッフの方を見ると、なぜかホッとしたりします。

 涙腺はこれから更にゆるくなってくるかと思いますが、式中に席をはずさなければならないようなことにならないように、引き締めないと・・と思います。