皆様、おいでください。

  5年程前のご相談メールとその時頂いたアンケートのコピーを、時々手に取っては読み返しています。

 病院にて闘病中のお父様のご容態は、今すぐどうということではないが、お父様の為にもできるだけ慌てないで対処したいと思い、ご連絡をいたしましたとの文面から始まっております。
 
 お見舞いに日参しているお母様の身体を気遣い、最期は家族だけで静かに見送ってほしいというのが、お父様の願いです。

 当初、万が一に備えてのご相談をされる一方で、病院に日参されているご自身の行動に、冷たい人間だ・・・という罪悪感を覚え、どこかでお父様を裏切ってしまったのではという思いまでされたとのことです。

 しかしながら、当センターとメールでのやり取りをして、ホームページを読み込んでいくうちに、やがてあらかじめ知っておくことが、ひいてはきちんと送ってあげることに繋がるのだと思うようになってきたと、心の経過報告をされていらっしゃいましたが、それでも一つだけずっと心に引っかかったままの状態があるとのことでした。

 センターのホームページの中で「ご家族だけでお見送りすることも大事だが、永年のお付き合いの中で、最後のお別れをされたい人の気持ちを汲んであげることも大切」とのくだりが頭の片隅にこびりついて離れずにいると述懐されていました。

 それでも幾つかの山場を越え、揺れる思いも、ご葬儀直前には「父には申し訳ありませんが、結局は私たちがどれだけその人たちの気持ちを受け止められるか、というような気がする」とのお気持ちに定まり、「お見舞いも拒否され、最期のお別れもできないなんて辛すぎる」とのご親戚からのお言葉に、「どうぞお願いします。来てください」と言えました、とのご報告をいただきました。

 ご親族の皆様が久しぶりに一同に会された通夜の晩、皆様で大広間に雑魚寝をされ、さながら合宿所のような様相を呈し、一晩が思い出深く心
に刻み込まれた気がして、お父様が皆様をより一層仲良くさせてくれた時間に思えたとのことです。

 「翌朝、バケツリレーのように、大広間に次々とお布団の山が築かれたのは、圧巻でした。全てが過ぎ去る前に気づけたお陰で、ご列席の皆様にも、家族にも一生の悔いが残らずにすみました。涙も笑いもあるご葬儀でした。ありがとうございます」との文面が最後に記されておりました。