昨年来のコロナ禍の中、1年遅れのオリンピック、パラリンピックも無事執り行われ、気が付けば9月も半ばに差し掛かり、世の中の状況も以前とは大分趣が異なって参りました。
次々と繰り出される新たなコロナに振り回され、対策も後手後手に回り、世の中の空気も一変し、毎日発表される患者数や重症者数に一喜一憂する日が続いています。
そんな中でも季節は廻り、来週は敬老の日と彼岸の入りが重なって、早くも秋の気配が漂って参りました。
10年ほど前の敬老の日、東京郊外の特養老人ホームでの光景は今でも思い出す度、熱いものがこみ上げてきます。
青空の下、ホームの広場で数十人の若者たちが勇壮活発に和太鼓と格闘しながら飛び跳ね連打している姿に、周りを囲んでいる車椅子の方々は半世紀以上前のかつての自分と照らし合わせ、なんとかして一緒に参加は望めないか。しかしながら、現在のご自身の身体をおもんぱかると・・・。
そんな想いが広場中に広がり、次第にじりじりした空気が張り詰め、前に進めないもどかしさが手に取るように伝わってきました。
と、その空気を察したのか、戦前から音楽の世界に身を置き、当時ホームにお世話になっていた友人が、連打する太鼓に我慢しきれず、車椅子から身を乗り出して、タクトを振り始めました。
いつの間にか、気が付けば周りの車椅子の方々も、友人の姿に呼応するかのように身を乗り出して、今にも車椅子からはみ出さんばかりに各々欣喜雀躍の様相を見せています。
和太鼓の若者と車椅子の老人たちのコラボはやがて一体となり、どこまでも続く青い空に吸い込まれていくような空気が辺りに漂ってきました。
やがて、久しぶりに思いっきり体を動かした老人の方々の笑顔は晴々とし、どのお顔も生きる力がみなぎっているように思われました。
コロナ禍の中、何時になったらあの笑顔に又お目にかかれるのでしょうか・・・。