22年前のベストセラー「大往生」を読んで思うこと・・・。

先輩から譲り受けた永 六輔著「大往生」を、久しぶりに本棚から取り出しました。
 大ベストセラーとなり、当時流行語にもなった著書ですが、これからの高齢化社会に対処すべきことを、マスコミが取り上げた最初のブームの頃だったと思います。
 
 あれから22年、本格的な高齢化社会に突入し、気が付けば現実味を帯びた様々な障害や事故を目の当たりにする機会が、日常茶飯事の様に増えて参りました。

 その著者の永 六輔さんが今月7日ご逝去された報道が伝えられました。
 お悔やみ申し上げます。

 当時、巷では「あの方は大往生だった」という言葉が、うっかり日常的に使われておりましたが、大往生とは本来、「十二分に生き、寿命を全うされた」方のお身内が申し上げるお言葉であることを、改めて問い直された方もいらっしゃるのでは・・・。

 その「大往生」では歌手の坂本九さんのご葬儀について、家族ぐるみで付き合いのあった葬儀社さんが、友情込めた協力をされたことにふれ、ともするとご遺族はご葬儀中にもめたり、値切ったりすることはしたくないとの一心で耐えてしまうが、九さんの場合は気持ちの良いご葬儀だったと語り、一方の担当された葬儀社さんも「九さんに、うまい!といってもらいたかった」とお話しされていたことが書かれておりました。

 担当者の心意気が伝わってくるようなご葬儀にほっといたしますが、センターでも負けず劣らず、担当者の心意気に思わず「お願いしてよかった」と思わせる場面に出会うこともしばしばございます。

 以前、こんなアンケートをいただきました。
 「担当の方が自宅まで毎日足を運んで下さり、コミュニケーションがよく取れて何でも相談ができました。親父らしく見送りたい。曹洞宗に則りつつも、同時に和やかに故人を偲ぶ場にしたいという、私の意を正確に酌んで下さいまして、当日は完璧と言ってよい位にイメージ通りの葬儀を執り行うことができました」。
 「特にメモリアルコーナーや父が撮った15分程の短編映画を皆様にお見せできたことには、大変満足しております。晩年の寝たきりに近い親父ではなく、親父が若くて元気だった頃のイメージでもって偲んでもらうのが1番の狙いでしたから」。

 さらに別のご葬儀でも、上記の担当者についてのメッセージが届いておりました。
 「担当者の方からは、ご葬儀後に頂いたお手紙に、心に残る葬儀だったと書いて下さり、これで良かったのかなと悩んでいた私の気持ちが少し軽くなった気がしています。1人っ子の私でしたので、無事父を見送ることが出来、皆様のおかげだと感謝しています。ありがとうございました」。

 ご葬儀担当者の心意気に感謝しております。