御葬儀のシンプル化が加速する。

 コロナ感染症対策の緊急事態宣言が発令され、コロナ一色の状況の中、一都3県は合格値に達せず、3月21日までの延長となってしまいました。

 日常生活のコロナ対策は1年経ち大分落ち着きを取り戻し、定着化してきましたが、人の目を気にしない都会生活者の中には知ってか知らずか、規約を素通りする方も見受けられ、それが感染の静まらない要因の一つとも言われています。

 昔から都会生活の利点の一つにも挙げられ、「隣は何をする人ぞ」とばかりに、ある意味自由気ままな生活が可能な反面、それに伴うリスクはいつかわが身に降りかかる羽目になってしまうことを、身をもって体験させられているようにも思われます。

 そんな状況下でもご葬儀だけは滞りなく執り行われていますが、コロナ禍の中、ゆっくりとお別れの時間がとれない直葬を御希望される方が、こんなご時世ですからを合言葉に急激に増えてきているようです。

 かつて農耕生活が中心だった田舎では、お互いに助け合う生活共同体意識が強く、それが後々まで冠婚葬祭の行事に色濃く残っていました。

 御葬儀は現在の様な葬儀式場ではなく、多くの場合自宅で執り行われ、隣保の方々がお手伝いに駆り出され、それを良しとして、お別れにも余裕が有ったように思われます。

 夫々のご事情もございますが、昨年から今年にかけて直葬希望の御相談が急に増えたのも、ご自身の生き方としての御気持ちでしたら諸手を挙げて賛成ですが、便乗組も多いと伺い、いささかの寂しさを覚えるのも事実です。

 15年ほど前、TBSラヂオの視聴者を交えたトーク番組で、直葬について喧々諤々の討論となり、中高年の方から「殺伐としている世の中の風潮と同じだ。私は独り身だけど大勢の方のお世話になりました。昔の人は老い支度と言って、いざと言う時困らないように貯めていましたよ。出来るだけ多くの方に立ち会ってもらいたい。誰かがちゃんとやってくれるだろう。それが人の世というものだ」と語気を強めてお話しされたことが思い出されます。

 私事で恐縮ですが、15年程前の母の葬儀・告別式を自宅で終え、火葬場への出発の折、町内の方全員にお越し頂いたのかと思われる程のお見送りの人の数にびっくりするとともに、子として思わず頭が下がる思いがしたものでした。