通夜当日、ご家族ご親族だけがお集まりいただいた席はお互い取り付く島もない空気が漂っていました。
都会生活ではあまり耳にしなくなりましたが、一歩離れるとまだまだ本家だ分家だという言葉が、特にご葬儀になると飛び交うようです。
依頼者の方はお母様のご葬儀が済めば、以後きっぱりと本家との縁を切って都心に移り住む覚悟でご葬儀に臨んでいました。
一方のご本家側は事前の連絡もなく、いきなり知らされ菩提寺を無視され、しかも戒名無しのご葬儀にご立腹の様子。
しかも、10年間お母様の看病をされた依頼者はご本家の戒名を付けてあげるというご好意もきっぱりと辞退されました。できればこのまま俗名のままで結構ですとのこと。読経も葬儀社が手配したご住職にお願いしています。
お金と口を出そうとするご本家と受け取らないご喪家側。
10名余りの双方は気のよさそうなおば様お1人を介してのみ言葉が成立する始末。
このままではお母様を気まずいままお見送りすることになってしまいます。
かたずをのんで葬儀社のこの道数十年のベテラン担当者に伺うと、なんと精進落しの席では皆さん話が弾んで、にこやかに会食されるまでになったとのことです。
どんな秘訣があるのかと尋ねてみましたが、ただ双方にしゃべりかけるだけですよとのことでした。
誰に何時ものを言うべきかのきっかけは永年の勘でわかるので、相手の立場や気持ちを一つひとつ具体的に説明し、気楽に話しかけおしゃべりしていくうちにしらっとした空気もいつの間にか和んでくるとのことです。
これはノウハウを学んだからすぐできるものではなく、永年の蓄積もあり、相手に頼りにされ、安心感を与えてこそ成り立つことです。
予算、金額だけではないご葬儀の良し悪しは、こんなベテラン担当者の心遣いが大いに物を言うのではないでしょうか。