我が家からのご出発

 かつて御葬儀は自宅で執り行われ、ご近所の方々からのお見送りを受け、永年住み慣れたご自宅からの出発が主流を占めていましたが、都会を中心に住宅事情と相まって、いつの間にか病院からの搬送先もご自宅から安置所に代わり、安置所から葬儀式場へと運ばれ、式場での御葬儀の後、荼毘に付されるケースがほとんどとなってしまいました。

 昨年来のコロナ禍の中、御葬儀自体も3密(密閉・密集・密接)を避け、お身内を中心に出来るだけシンプルな形へと舵が取られ、現状はある意味、よりドライな方向へと拍車がかかってきているようです。

 更に、ご逝去後は病院から安置所、安置所から御葬儀をせずに火葬場へと直行される直葬のケースもごく一般的になって参りました。

 御葬儀の形はご喪家のご事情により夫々ですが、御葬儀形式の変化と共に、故人様が長年育んできたアイデンティティの一環としての我が家の存在は、いつの間にか素通りされてしまった感がありました。

 そんな中、ご近所とのお付き合いも希薄になってきた昨今ならではの見送り方として、通常の逆手を取り、安置所ではなく、以前の様にご自宅からのご出発を希望される方も出てきています。

 病院近くのウイークリーマンションで、長年ご主人の入院生活を支え続けてきた奥様のことが思い出されます。

 ご近所には御葬儀後ご報告される手前、そっとお気を使われてのご帰宅になりましたが、御主人にとって1年9ヵ月ぶりの我が家で奥様が最初にされたのは、長い間閉めっぱなしにされていた雨戸を開け、御主人ご自慢のお庭を見せて差し上げることでした。

 入院という非日常生活から、かつての生活の場であった自宅に一旦お戻りになることで、双方がより日常に近づくことが出来、それがお見送りする方の支えにもなられたとの由。

 また、先日弟様から御相談頂いた方も、病院から御自宅に搬送され、荼毘に付すまでの間、御兄弟だけでご一緒にお過ごしになられ、読経もご自宅で済まされました。

 御葬儀のお式はせずに直葬にてのお別れでしたが、故人様も永年御一緒に住まわれていた御兄弟との生活の場からのご出発で、ご安心されて旅立たれたのでは・・・。

 お誕生日3日前にご逝去された、都内下町商店街の魚屋さんは、御家族のたっての願いで、最後のお誕生日をご自宅でお迎えになられ、お誕生日までの3日間は商店街のお仲間達が随時お集まりになり、最期のお別れをされ、ご自宅からのご出発となられました。

 様々な分野で混乱を招いているコロナ禍ですが、御葬儀の世界も、今一度各人が御葬儀の在り方を問うきっかけになれるかもしれません・・・?