明けましておめでとうございます。今年こそ「絆」の定着を。

 明けましておめでとうございます。
 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 もういくつ寝たらお正月・・・と数えていたら、早くも三が日が過ぎようとしています。
 今年の新年はいつもの年とは少々勝手が違う方も大勢いらっしゃることと思います。

 昨年の3月11日以降、被災地の方はもちろんのこと、直接災害を免れた方も胸の中にずしりと重くのしかかったものを、どのように持っていくべきか、年を越しても思いあぐねていらっしゃるのでは・・・。
 そしゃくしながら、ひとつひとつを丹念に解きほぐしていく年になるのだろうか。

 皆で力を合わせてなんとかこの場を乗り切ろうという気持が、人と人との繋がりを思い起こして、震災以前の日常生活では考え付かなかった「絆」という言葉が、ここ数ヶ月巷で流行語のように語られています。
 
 しかしながら、ご葬儀でこの「きずな」という言葉とは裏腹な現象を耳にするようになったのも、昨年来特に顕著になってきたと思われます。
 
 年末、葬儀社の方から「離婚した奥様やお子様の手を煩わせたくないので、葬儀社の方で葬儀、火葬から散骨まで一切合切やってもらえないか。散骨後に息子に知らせるようにしてほしいというようなご相談が相次いであり、来年はさらにこの傾向が強まりそうだ」とのお話を伺いました。

 私の昨年受けたご相談の中にも、似たようなケースが幾つかありました。

 警察から行方不明だった弟さんの死を知らされたお姉様は「今さら顔も見たくない。主人は弟の存在すら知らないので、葬儀社の方で遺体を警察から引き取り、葬儀をしておいてほしい。来月東京に出向いた折にお骨を受け取ります。」と素っ気ないそぶりを見せていらしたが、娘さんのとりなしで御主人に事情を説明され、急遽ご葬儀に3人揃ってお見えになられたとの報告が葬儀社の担当者からありました。

 「近い内に日本を離れるとしばらく日本に帰らないので、入院中の父の葬儀を葬儀社が全部代行してお骨を預かっておいてほしい。後で受け取りに行きますので」とご相談された方は出発前にお父様がお亡くなりになられ、結果お帰りを待つまでもありませんでしたが・・・。

 かつて、御家族・ご兄弟の絆は何にもまして強いはずでしたが・・・。
 言葉の独り歩きから、今年こそ「絆」が定着してくれることを望みます。