もやしの適正価格っていくら

 今日、ラジオを聴いていたら、もやしの業界団体が「経費削減の努力が限界を超え、健全な経営ができない」「せめて1袋40円で売って」という話題をしていました。

 20円で納品しているのに、それよりも安い、19円で販売しているところもあると取り上げていました。

 そういえば、近くのスーパーも19円で売っていたような気がします(もちろん、納品価格は知りませんが)。知らないうちに、同じ銘柄の、もやしとか、納豆とかヨーグルトとか値段を見比べて、そのスーパー全体の高い、安い、という印象をもってしまっているような気もします。(戦略商品で安売りを印象付けたいスーパーの狙い通り!)

 2009年に全国で230社以上あった、もやし製造会社・生産者は100社以上が廃業、現時点では130を切っているといいます。

 安売りは消費者に支持されますし、もっともわかりやすい差別化にもなります。が、短期的にみればの話で、「適正な競争」による「適正価格」という基本的な土壌がないと、長い目で見れば誰も得をしないで全体で沈んでいくということにもなりません。

 もやし業界だけが特別でないのが、恐ろしいところです。

マクロとミクロ

 日本銀行による、マイナス金政策導入からちょうど1年になります。
 日本銀行の混迷ぶりがますます強まっている感じです。

 2013年に就任した黒田総裁は、異次元緩和を開始するにあたって、「2年でインフレ率2%の目標を達成する」と自信たっぷりに述べていましたし、岩田副総裁にいたっては、「目標が達成できなかったら辞任をする」とまで話していました。

 いっこうに目標が達成できないばかりか、昨年末には、異次元緩和の提唱者である浜田宏一米エール大名誉教授が、「量的金融緩和が効かなくなっている」「学者として以前言っていたことと考えが変わったことは認めなければならない」との変節する始末です。

 異次元緩和以上に、マイナス金利政策はありえないと思うのですが、数日前の新聞に、マイナス金利のおかげで、個人が資産運用で行うアパート建設向け融資が急増しているという記事を読みました。銀行がやりそうなことです。記事には、農家の男性(74歳)が休耕田に2階建てアパートを建てた例も出ていましたが、「土地をそのまま放っておくより得」と1億近くを30年ローンで借りたそうです。

 さておき、人口減で空き家が増えると叫ばれる一方、空いた土地があれば、アパートやマンション、建売住宅がどんどんたっていく、このアンバランスはどうにかならないものか。都内でも、明らかに、需要を上回って立っているようです。

 当センターの事務所の近くに、築・十数年の20戸ほどのしっかりしたつくりの賃貸マンションが、数年前ぐらいから半分ぐらいの部屋が空いているのが気になっていました。供給過剰になってきているのだと理解していました。

 ところが、先日、その中の一部屋が事故物件であることを知りました。ミクロではそれぞれの事情や状況が強く支配することを改めて確認しました。

今日、源泉所得税を納付してきました。

 給与の支給人員が常時10人未満である場合、源泉徴収をした所得税について、年2回にまとめて納付できるという特例制度があります。
 1月から6月までに支払った所得から源泉徴収をした所得税については7月10日までに、7月から12月までのものについては、1月20日が納付期限です。
 当法人も、この特例の承認を受けていますので、年に2回納付しています。毎月よりも、だんぜん面倒くさくなくていいです。

 当法人などは、納付額も大したことないので、納付するときに現金が足りないということはありませんが、もう少し大規模に事業をやっていて、売り上げや経費の波が激しいところでは、納付時に現金が足りなくなるという事態も考えられます。そうなると、特例を受けずに毎月納付するほうが安心で、それを選ぶところも出てくると思います。

 納付される国のほうからしても、回数が少ないほうが、手間もかからず、そのぶん経費もかけずにすみます。しかし、回数が少ないと、納付されるべき現金がきちんとプールされずに違うところに使われてしまわないか心配になります。

 消費税や、個人事業主の所得税などに予定納税制度があるのもこうしたことからでしょう。

 サラリーマンをやっていたときに、給与明細はまともに見たことはなかったですが、源泉徴収義務者のほうになりますと、税金などの流れも少しは見えてくることになります。

サイトでの情報の品質はどうやって見極めればいいのか

「ネットでの調査では葬儀社の実力を見極めるのは不可能」「ネットでの情報の収集に限界を感じた」「リストに葬儀社がたくさんありすぎてどこを選んでいいかわからない」「調べれば調べるほど混乱した」・・・など、当センターを利用した理由をお聞かせいただいたことがあります。
 葬儀の情報に限らず、情報を集めようと思えば簡単にいくらでも集められるかのようなインターネットの時代です。そして、情報があればあるほど適切な判断に近づけるかのような雰囲気をもたらしましたが、そう簡単にいかないのは現実が示す通りです。

 その理由の一端が垣間見える問題が明らかになりました。
 IT大手が運営する、情報サイトが次々に公開を中止しています。専門的な知識に基づかない医療知識や、他人の文章を盗用した情報が大量に含まれていたからです。
 記事一本千円〜二千円ほどでアルバイトが、複数のサイトを見ながら表現を変えたり、つなぎ合わせて記事を完成させたといいます。たちの悪いのは、検索で上位にでるようにマニュアルとかで指導していたことです。

 信用できる良い情報を見つけたくてネットで探しているのに、見つけやすいところに、専門情報価値の判断能力が低い素人がつなぎ合わせたものや、水膨れした情報を見させられたのではたまったものではありません。信用できる良い情報にたどりつく前に、時間とエネルギーが浪費されてしまいます。

 検索エンジン側も、良い情報が上位に出てくるように改良を重ねていますが、フェイスブックなどSNSを脅威に感じているのは、信用できる良い情報は人とのつながりからもたらされると思っているからでしょう。

 当センターのサイトがもっとネット上で目立てばいいのに、と僻みながら、記事一本書いても千円ももらえないけれども、書いてみました。

ブログ移転してきました。

 2004年にセンターが設立されたのち、2年ほどたってからブログを開設いたしました。当初の目的は、サイトだけでは静的なので本当に活動しているところなのか、わかりにくいのではないかと思ったことがあります。ブログによって活動を知ってもらうこともできるし、対応しているわれわれの頭の中を整理するのにも役立つのではと思ったということもあります。

 ちょうど10年ほどブログをやったことになります。その間、取り巻く環境もだいぶ変わりました。10年前には有力であった「のブログ」というところで、ブログを開設したのですが、状況に合わなくなってきている感じです。

 これを機会に、ここにブログを移転させることにいたしました。

 今後とも変わらぬ ご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

当センターに賛同したい理由は

 一日の仕事が終わって、予定表をみて、明日の仕事は何をするのかの確認をします。明日は、対外的なところでは、賛同希望の葬儀社さんとの面談が2件あります。

 前もって面談日を決めておくわけですが、急に仕事が入って面談に来られなくなるということも少なからずあります。その場合は、日にちを仕切りなおします。日にちの仕切り直しも1回がほとんどで、2回仕切りなおしたということはあまりないような感じです。

 まあ、中には、面談日を約束しておきながら、何の連絡もなく面談日に来ないというところもまれにあります。そういうところが、まともに営業できるのかわかりませんが、10年以上前からセンターはやっていますが、当初から今も変わらず起こっている現象です。

 それはさておき、賛同申し込みの量にも、波があって、おおむね繁忙期には少なく、閑散期には多くなる傾向があるようです。申し込みは、ホームページの該当ページの入力フォームに社の情報を書き込んで送信してもらっています。
 その中に、「当センターに賛同したいと思われる理由があればお書きください。」という項目があります。どれくらいのエネルギーでもって申込してきているかのバロメーターにしています。
 例えば具体的には、下記のような書き込みがあります。

「相談型・地域型に重きをおいていらっしゃると伺っております。まだまだ始めたばかりなので地域の方々への認知度は低いかもしれませんが、自分の得意とする相談型(様々な角度からの提案)を活かせるのではないかと思っております。」

「ホームページのポリシーに「依頼者の無知につけこんで暴利をむさぼろうとしたり、自分の都合だけを考えて葬儀をしようとする葬儀社に反対します」と書かれていました。その点に強く共感しました。日々、葬儀の現場に関わっている者として、自分を見つめ直す意味でも、是非ともご一緒に活動出来たら幸いです。」

「現状の葬儀業界において様々な不透明な部分や心の無い流れ作業をしている葬儀社が多々あり弊社としては、それらの蟠りに対しての矛盾を取り除き人の死を真正面から捉え親身になって葬儀式展開を進めていますので賛同したく思いました」

「地域のお客様を大切にして安価で質の高い葬儀を目標にしている弊社のモットーと同じに思えた為」「地域密着型の葬儀屋さんが、もっと地域の方に知って頂ければと思い」

「当社は遺族の側に立った葬儀をめざしております。当社はクチコミとリピーターが施行の9割を占めています。貴社の葬儀への取り組みに賛同します。遺族に安心と満足を届けたいと願っています。」

 これらの言葉と、向き合い度合い、実態がどれくらいなのかを見るのも面談の大きな役目です。

後悔口コミ新規投稿がありました

 先日、ホームページの、「求む-葬儀口コミ」ページから下記の口コミがありました。

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○○○○を利用させて頂きました。担当者も真面目で施設も綺麗で料金も納得の行く物でしたが、式場で社長さんが女性従業員に体をピッタリ付けながら、○○○○しながら小声で長い時間話しをしている姿に嫌悪感を感じました。口説いて入る様にしか見えません。時と場所を考えて欲しいです。非常識過ぎます。
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 内容はさておき、喪家の人に、このように受け取られてしまったということだけでアウトです。
 日常の場では、それほど気にならないことでも、非日常である式場の場、感覚のありようからして、気になることも出てきます。

 葬儀社の人にとっては、式場や葬儀は日常です。葬儀は日常の一コマ、施行に携わる多くの葬儀の中の一つの葬儀かもしれません。素が出てしまうのもわからないではないですが、喪家にとっては、多くの葬儀の中の一つの葬儀ではなく、それがすべてです。

 何社かの葬儀社の担当者と面談したときに、ベテラン担当者が選ばれなかった理由に、慣れ過ぎている感じがしたので、ということを聞くことがあります。
 慣れていなければ、不安を与えますし、慣れ過ぎた対応をすれば距離を置かれる、難しいところではありますが、こうした、機微をよくくみ取れないと良い担当者にはなれないと思います。

紙の情報整理とデジタルの情報整理

 一年半ぐらい前に相談があった方から、再度、きょう連絡がありました。その時のお話では、お母様が2,3日かもしれないという状況でのご相談でした。すぐに、ご希望内容に合わせて葬儀社を紹介し、直接、社の担当者と話をしてもらい、見積もりも作成いたしました。

 今日の電話では、その後、お母様は持ち直して現在にいたったが、もしかすると近いうちかもしれないということでした。とっておいた見積もりを見ていたが、その中に、「あさがお」の文字があったので、あさがおをネットで検索して、どういうことだったのかと電話してきました。センターからの紹介であったことも、1年以上前だったので忘れていました。

 今日の電話を受けて、当時の相談内容とその後の進捗状況を確認し、紹介の経緯や、紹介社をおすすめした理由、などを説明し、「そういうことでしたね」と安心してもらいました。

 一年以上、やりとりがなくなって、連絡がくることも多くはないですが、まれにあります。そのときに、1年以上前で資料がないのでわかりません、とはしたくないものです。

 昔のように、紙ベースで資料を整理しなければならないような状況であれば、過去の相談案件を探し当てるのにも相当な時間を費やさなければならない場面が多々出てくることになったと思います。

 こういうところは、デジタルの時代になって本当よかったと思います。センターは、相談案件を整理するのに、高度なシステムを構築しているわけではないですが、それでも、電話番号とか、相談者のお名前、担当が誰だったか、いつの相談だったか、どの社の見積もりかなど、少しの情報があれば、それほどの時間もかからずに、相談内容と進捗状況を確認するぐらいのことはできます。
 デジタルの情報は、整理にそれほど力を注がなくても、後で探せるようにさえしておけばいいのもありがたいです。

永六輔さんとラジオ

 2年ほど前から、車を運転するときだけでなく、ラジオ専用のポータブルレコーダーで面白そうな番組を録音して聴いています。

 知人から、番組とともに、ある機種の便利な使い方も合わせて教わったのですが、信用のおける人から勧められたものは、すぐ試すというわけで、遅ればせながら、にわかラジオリスナーになりました。
 
 同じ人でも、TVとラジオの出演では、話す内容が違います。違うというよりは、ラジオのほうが何かにつけ拘束が少ないでしょうから、話が面白くなるように思います。
 両方の世界を熟知し活躍している、久米宏さんですが、TVニュースのほうはたまにしかみませんでしたが、ラジオは面白いのでよく聴いてます。

 先週の永六輔さんの訃報に際し、久米さんは、「永六輔さんは、僕の恩人で、先生です。いなくなると、とても困るのです。ですから、永さんはいなくならないのです」とコメントしています。

 永さんは、「テレビの言葉には本音が少ない」と、ラジオの仕事を大切にしていました。そして、ラジオは、想像力によって、より大きな力を持つメディアと位置づけていました。

 昔に比べ、ありあまるコメントや解説、映像、情報、、、、それによって人が賢くなっているかというと疑わしい限りです。情報が多くあることに安心して想像力も発揮しにくいかもしれません。
 ただ、意味のない薄っぺらなコメントや解説、取捨選択された断片的な映像、をいくら集めてみても適切な判断はできそうにありません。想像力で補うしかありません。

 永さんのご冥福をお祈りするとともに、永さんの思いを継ぐような、ラジオ番組が増えることを願わずにいられません。

この社会の不気味さ

 ある葬儀屋の社長さんのブログで一年以上前に紹介されていた、「美味礼讃」(海老沢泰久・著)という本を読み終えました。最初のほうを少し読んで放置していたのですが、最近再び読み始めたら面白くて一気でした。調理師専門学校の経営者で、本格的なフランス料理を日本にもたらした、辻静雄氏の半生を描いたものです。

 その功績がいかに大きかったかの解説は他に譲りますが、ここで取り上げたいのはちょっと違います。
 辻氏は、大学卒業後、大阪読売新聞社へ入社し、社会部記者になりました。入社早々、そこで、タクシー料金の水増し請求を要求する上司記者にでくわすという話が出てきます。もちろん、その水増し分は辻氏の懐には入らず、その上司記者がみんな取ってしまうわけです(辻氏は、利用されるのが嫌で、電車を利用するようになったそうです)。

 舛添知事を糾弾していたマスコミの人と、「上司記者」がダブって見えました。こんな「上司記者」に叩かれて辞職させられるとは!
 もちろん、みんな「上司記者」のようなことをやっているわけではないですが、それは、できない立場と状況なだけで、自分でお金を差配できる立場になって、誰も見ていず、絶対にばれないとなったとして、きちんとできる人がどれくらいいることか・・・、心もとないです。

 舛添知事のこの騒動は、本当は誰も真剣に怒ってないのに怒っているかのようなふりをして、叩きやすそうな特定の人物を公に集団リンチを行って憂さ晴らしをする、この社会の不気味さを表している感じがします。