宗教の信仰がない方のお葬式 3

 先日、当ブログで「宗教の信仰がない方のお葬式2」を書きましたが、具体的な無宗教での葬儀の例をもう少し続けたいと思います。

 ご葬儀からさかのぼって2年ほど前からのご相談でした。息子さんからのご相談でしたが、ご両親はお元気で、将来のご自身達の葬儀について具体的なご要望がある事から、事前に色々とお調べになり、葬儀社とのご面談にも同席され、担当者と直接お話しになりました。 
 以前お付き合いのあったお寺とのご縁がなくなり、宗教色のない、無宗教でのご葬儀をというのが第一のご要望でした。ご家族は音楽一家で、ご自宅では音楽の教室をされていらっしゃったことで、息子さん達の演奏による音楽で見送られたいというご希望から、ご自宅での無宗教、音楽葬という形になりました。

 無宗教葬である事に加えてご自宅での葬儀でしたので、主立っての進行が無い分、時間的な制限もゆるく、途中、教室の生徒さんがお別れに訪れたりなど、自由な形でのご葬儀になられたとのこと。
 ご家族の皆様も、故人様が希望されていたご葬儀を思うように行えたことに大変喜ばれていらっしゃいました。

 このご葬儀では、事前に葬儀社の担当者と直接ご面談を行ない、担当者とのコミュニケーションもよくとられていました。
 無宗教でのご葬儀で、積極的なご要望があるような場合には、出来れば事前に葬儀社の担当者によくご相談される事をお勧めいたします。

宗教の信仰がない方のお葬式 2

 最近、無宗教での葬儀についてのご相談が何件か続いたので、先日、無宗教の葬儀についてのブログを書きましたが、少し具体的な事例をご紹介させていただこうと思います。

 無宗教での葬儀は、仏式の葬儀と比べて施行件数はとても少ない葬儀の形ですので、無宗教葬に参列された経験のある方もあまり多くはいらっしゃらないかと思います。
 そのような中で、以前、お父様が心配な状況でいらっしゃる方から、無宗教での葬儀のご相談を頂きました。
 お父様は以前、ご友人のお葬式に参列された際、初めて無宗教葬というものを知り、そのご葬儀がとても良いものだったので、自分もこのような無宗教の葬儀で送ってもらいたいと、一人娘であるご相談者に、葬儀について細かく記した文書を託されました。
 託されたご相談者は、お父様のイレギュラーな要望について対応できる葬儀社はあるのでしょうかということを心配されていらっしゃいましたが、その文書は、無理難題が書かれているという事ではなく、葬儀に参列していただきたい方のお名前と、○○さんと○○さんに、あいさつをしてもらい、この時にこの曲を流す、など、葬儀の流れについて細かい指示が書かれていて、単に、「無宗教の葬儀で」と漠然とした言葉を伝えられるよりも、遺されたご家族が葬儀の準備で大変な思いをしなくても大丈夫になるようなものでした。
 無宗教での葬儀としては、決してイレギュラーなものではありませんでしたが、やはりお葬式にお経がないという部分では、初めて葬儀を出される方にとって、心配があったのだと思います。
 ご葬儀は無事に執り行われ、後日、ご協力頂いたアンケートには、「父の希望するスタイルが独特なので、対応できる業者を亡くなってからいきなり探すのは大変だと感じていた」と書かれていました。

 無宗教での葬儀は、宗教者による進行がないので、宗教が関わるご葬儀よりもご家族が関わるところが多くなり、想いの深い葬儀になるかと思います。
 このご相談のように、最初から無宗教の葬儀を希望されるような場合には、出来る範囲でけっこうですので、事前に葬儀社と打ち合わせをされる事をお勧めいたします。

宗教の信仰がない方のお葬式

 無宗教葬という言葉は聞いたことがあるけれど、実際はどのような葬儀なのかという質問を何度か頂いたことがあります。
 
 日本では圧倒的に仏式の葬儀が多く、特に宗教を信仰していない方でも、お葬式にはお坊さんにお経をあげていただきたいと希望される方は少なくありません。
 お葬式でお経がないと、なんだかお葬式らしくない、故人が成仏できないのではないかなど、仏教の信仰をもたない方にとってもお経をあげて頂くことはとてもありがたく感じているようです。
 一方で、信仰する宗教がないので、宗教的な要素が全くない葬儀を、と望む方もいらっしゃいます。

 無宗教葬という言葉はよく目にする、耳にするけれど、実際に無宗教の葬儀に参列されたご経験のある方もそう多くはないのではないでしょうか。
 実際に無宗教の葬儀についてご相談された方から何度か、「菩提寺もなく、特に信仰している宗教がないので無宗教の葬儀にしたいと考えているのですが、具体的にはどのような葬儀なのでしょうか」と聞かれたことがありました。

 お葬式の時間内を自由に使える無宗教の葬儀は、宗教的な制約もなく、故人様のため、また、故人様を送る方々のために、ご家族やご参列された方がつくるご葬儀のように思います。
 ご家族の想いに、葬儀社の担当者が向き合い、力を添えることで、満足のいく無宗教の葬儀が行えるのではないかと思います。

心に残る担当者

 「つい先日、葬儀は終わったのですが、葬儀社に対してどうしても納得がいかないことがあり、相談させてもらいたい」というお電話がありました。
 まず、地域をお伺いすると、東北方面でセンターでは対応が出来ない地域であり、また、センターはトラブルを未然に防いでいただくための活動をしているのでご葬儀後の事でお役にたつことが出来るかわからない旨をお伝えしたうえで、話しを聞かせていただきました。
 
 トラブルがあったのは、お母様のご葬儀の時だったそうです。
 依頼した葬儀社は数年前にお父様の時にお願いした葬儀社で、その時の対応はとても良いものだったそうです。しかし、お母様のご葬儀では、ご家族の事情により、一人娘であるご長女(ご相談者)が一人で見送ることになり、以前とてもよくしてくれたからと、その葬儀社に依頼したそうなのですが、自分ひとりだったからか、足元をみられたようだとおっしゃっていました。
 お母様の時は神道での葬儀だったことから、その旨を葬儀社に伝え、神道も大丈夫とのことで依頼されたそうですが、準備では足りないものがあり、また、神道のご葬儀では一番大切とされる儀式も中途半端な状態で行なわれ、台無しにされ、それが一番悔しいと。
 また、どう考えても仏式の作法でしょうと思うお焼香をし、それに対して異論を伝えると、「うちの神道はこうだから」と言われたそうです。

 それらを葬儀が終わってから葬儀社に訴えても、結局結果は「言った・言わない・聞いていない」の水掛け論で自分の話しは認めてもらえず、納得がいかない気持ちを引きずったままになっているとのことでした。
 
 葬儀は地域性も大きく関わりますので、わからない地域の葬儀の内容についてはセンターでもいい・悪いを判断することはできませんが、少なくともご喪家の方が納得できない状況だったことが残念でなりませんでした。

 葬儀社にとって、葬儀は日常の仕事であり、もちろんたくさんの葬儀をしていかなくてはなりませんが、一度きりの葬儀を行なうご喪家にとって葬儀社とは、大切な人を送るときに力になってくれる大きな存在で、満足のいく葬儀を行えた方はその担当者のことをずっと心に残っているでしょう。
 ただ、その逆もあり。
 母の葬儀をその担当者に台無しにされたとおっしゃるこのご相談者はその気持ちをこれからずっと引きずってしまうと思うと本当に残念だと思います。

 結局、具体的にお役にたつことはできませんでしたが、一通り話し終えたご相談者は、「なんだか癒されたし、話が出来て良かった。葬儀社に対してはまだ納得はしていないのでまだこれからもどうするか考えます」と、少し元気になられたような声でおっしゃっていました。

キリスト教葬

  今、写真集のページをめくっています。
 永年撮りためたモノクロームの世界が、鮮やかな色彩を感じさせ、力強く迫ってきます。
 この写真集は、昨日・3月3日のご葬儀の返礼品の一つです。

 お亡くなりになる数日前、最終チェックをされ、4月出版予定だった写真集は、急遽皆様にお渡しすることになり、ご当人もびっくりされているのではと、にわかに先輩の死が信じられないまま、告別式に参列させていただきました。

 3月は別れの季節とも言われていますが、女の子の節句が奇しくも、お別れの日となってしまいました。

 葬儀ミサでのパイプオルガンの重厚な調べと聖歌隊によるミサ曲が流れる中、頭上高いステンドグラスを見つめていると、ふと門外漢の当方も、先輩の死が少しずつ受け入れられるような気持ちになってくるのが不思議です。

 教会のステンドグラスは日の光により色が変化して、時刻を知らせる役割もあったとも言われ、外は今にも雨が降りそうな曇天にも拘わらず、鮮やかな色彩に彩られステンドグラスは、光輝いて見え、何かを包み込むようなやさしさが感じられました。

 花に囲まれたひつぎのお顔は、笑みがこぼれていると錯覚を起こす程穏やかで、教会の信者の方々も多数ご参列され、こちらの教会で洗礼を受けた先輩は、大勢のお仲間に囲まれての旅立ちとなりました。

 仕事柄、これまでご葬儀の立会いには、数多くお伺いしておりますが、参列者の立場に立ちますと、実体験として別な側面が垣間見られ、特に今回はカトリック教会でのお式でしたので、教会主導のもと執り行われ、葬儀社の担当者の方々は完全に後方支援にまわっているご様子も、よく観察させていただきました。

 また、1ヶ月程前になりますが、プロテスタントのお父様のご葬儀を、教会にこだわって執り行いたいと、深夜急なご要望をいただき、キリスト教会に詳しい葬儀社の担当者さんの計らいで、担当者さんの知り合いの牧師さんにお願いし、役員会に掛け、無事教会でのお見送りを致しました。
 後日、ご相談者からご丁寧な感謝のお言葉をいただきましたが、参列してみて、教会にこだわったご相談者のお気持ちがよく分かりました。

 先輩、いろいろ教えていただき、ありがとうございました。
 安らかに、御休みください。

いろいろな棺

 先日、テレビでガーナの棺が紹介されていました。
 魚やコーラ瓶の形、飛行機や車の形など、故人を象徴する物を模って作るものだそうです。私は初めて見たものだったので、ネットで検索すると、たくさんの画像が出てきました。
 けっこう前からガーナの棺は有名だったようです。

 日本では、火葬をしなければいけないという法律があるため、棺は火葬炉に入るもの、燃やしても安全な材質のものでなければならないので、ガーナの棺のように奇抜な形のものは使えませんが、調べてみると、日本の棺でも花柄のプリント布が貼られていたり、絵が描いてあったりなどの棺もありました。

 個性的なものを好む人も一昔前より増えているような気がしますが、日本の場合は早急に棺を用意しなくてはならない状況になる事もあるので特注の棺を使うのは少し難しいかもしれません。

 キルト教室の先輩が、自分の葬儀には自作のベッドカバーサイズの華やかなキルトを棺にかけて・・と言っていましたが、そんな形で個性を出すのもいいかもしれません。

無宗教葬の10年

最近はご葬儀の形態も徐々にではありますが、様変わりの様相を呈してきています。
 
 無宗教葬という言葉もごく一般的に使われるようになり、先日も事前のご相談で、お父様の万が一の時のご葬儀では、お母様のご要望で、柩を沢山のお花で囲み、お父様のお好きなクラシック音楽のCDを掛けていただく、無宗教葬をとのご希望がありました。
 但し、ご相談者がご心配なのは、ご葬儀の後でお母様から戒名は?お位牌が無い・・・などと言われないかとのこと。
 このことに関し、後ほどご相談者にご紹介した、葬儀社の担当者に伺うと、実際にそのような例はあるようです。
 無宗教葬でご葬儀をされた後、ご親戚から問われ、戒名が必要になり、担当者のお知り合いのご住職に事情を説明してお願いされ、お位牌も用意されたとのこと。
 但し、どこでもしていただける訳ではありませんので、そのあたりは事前にじっくりご相談されるようお話申し上げておきました。

 10年程前になりますが、無宗教葬という言葉が、都会生活の中で普段信仰心を持たず、ご葬儀の際に問われて、戸惑われた方々に注目され、センターにもお問い合わせを度々いただき、賛同社の担当者にお伺いしたことがありました。

 「お寺を呼ばないのが無宗教葬、何もやらないのが無宗教葬と勘違いされている向きがありますので、まずは無宗教に対してどのようなイメージを持っていらっしゃるのか」をお伺いして、アドバイスされるとのこと。
 但し、当時は、お話をお伺いしていくうちに、普通のご葬儀に変更される方がほとんどだったようです。
 お経代が高いとか、自分は宗教に関係ないとか、自身のことが先行されてしまっているが、ご親戚の手前を考え、後の人達のことを考えると、ご葬儀では戒名を付けないでお経のみにして、金銭的にあまり負担を掛けない方法があることをお話して、「雑誌やTVに感化されて自分の時はああやりたいと希望は確かにありますが、ご親戚とのお付き合いもあり、ご親戚のご理解がなければ、後々まで言われてしまいますよ。色んな事を考
えてお決めください」とアドバイスされるとのお話でした。

 丁度その頃でした。
 永年、都内でジャズ喫茶をやっていらっしゃった方のご葬儀に立会ったのは・・・。
 無宗教葬の音楽葬でという故人のたっての願いで、喪主の奥様は昔からのジャズ仲間を中心に、御兄弟・御親族の方々にお集まりいただきました。
 ジャズが流れる中、献花をしてゆっくり故人様とお話をされていた仲間の方々が、やがて感極まり、飛び入りで持参のトランペットを吹き、熱い思いは尽きないようでした。
 一方のご親族は式の始まるまで無宗教葬に難色を示し、特に故人のお兄様は大反対でした。
 しかしながらそのお兄様も、仲間の友情を目の当たりにして、ついに通夜の最後のご挨拶では涙ながらに、「こんな素晴らしい通夜は初めてだ」と感激していらっしゃったそうです。
 翌日の告別式はご家族・ご親族のみのお見送りになりました。
 ジャズが静かに流れる中、お身内のおしゃべりが弾みます。
 30分遅れの献花に始まり、柩を囲んでの最後のご対面となりましたが、お式の間中しばしゆったりとした時間が流れ、後方で立会いに伺った当方も気持ちがなごみ、ご葬儀を忘れる程でした。
 火葬を待つ間のお食事会では奥様に向かって、お兄様のご挨拶から始まりました。
 「これからも、どうぞよろしくお願いいたします」
 その姿が印象的だったのが、昨日のように思い出されます。

静かに見送りたい・・・

 ご家族が特に信仰している宗教がないという場合のご葬儀では、葬儀社さんなどから紹介してもらうお坊さんに読経をお願いする他に、無宗教葬で行う方法もあります。

 無宗教葬というと、お式中に故人様が好きだった音楽をかけたり、音楽をやられていた方等の場合には、ご友人たちが生演奏をしたり、また、スライドショーなどを上映して、故人様との思い出に浸ったりなど、ご家族で企画されるご葬儀を想像する方も多いのではないでしょうか。

 ご葬儀は故人様を送る儀式として、基本的には宗教者の主導で進行して行きますが、宗教者のいない無宗教のご葬儀では葬儀社の担当者が進行役を務めることもあります。
 この場合、無宗教での葬儀を得意としている葬儀社では、葬儀の流れとして色々なプランを持っている場合もあり、1時間のご葬儀の中でうまく時間を割り振って、心に残るような演出を提案してくれるようなこともあるようです。

 先日、無宗教のご葬儀を希望し、家族のみで静かに見送りたいというご相談をいただきました。
 家族だけでのご葬儀では、ご親族も会葬者もいないため、司会者による故人様の略歴紹介や想いでの紹介なども必要がないことから、葬儀社から何かを提案していただこうと思っていたのですが、「静かに見送りたい」というご要望があったことから、ご葬儀の時間には特に何もせず、お別れの時間をゆっくりとって最後の時間をお過ごしになられました。
 ご葬儀を終えた数日後に、ご相談者からいただいたメールには、「家族葬、無宗教の葬儀はどんな感じになるのか不安がありましたが、納得のいく葬儀になり、気持ちよく静かに見送ることができました」とお書きいただき、ご満足いただけたことに安心したと同時に、無理に何かを企画しなくても、故人様をきちんと見送りたいというご家族の気持ちを十分に理解できていれば、「あえて何もしない」という選択肢もあると実感しました。

無宗教葬

 最近、たて続けに無宗教葬をご希望されるご相談を受けております。

 宗教色のない、お別れ会のような形でお見送りをされたい。
 できるだけシンプルなご葬儀をご希望ですが、読経がない分、綺麗なお花を飾ってお見送りをされたいとのご要望をいただきました。

 6〜7年前、無宗教葬が話題にのぼり、宗教色のないご葬儀を希望されていらっしゃった方々が強い味方ができたとばかりに、一時期次々と無宗教のご葬儀を執り行なった感がありました。

 そんな中、無宗教葬のアドバルーンも周りの反対や戸惑いに徐々にトーンダウンされたのか、いつの間にかここ何年かは尻すぼみ状態のようにも感じておりました。

 しかしながら、ご要望は地道に脈々と受け継がれ、周囲の反応も大分様変わりしてきたようで、ここにきてようやく、無宗教葬にもごく普通に市民権が得られるのではとの予感がいたします。

 そんな中、かつて、立会いでお伺いした無宗教葬のシーンが思い出されます。

 通夜の席、祭壇に手を合わせた後、100人以上の会葬者がお1人ずつマイクを片手に柩の故人様に語りかけていました。
 長い沈黙の後ぼそっと一言話す方、出会いから現在の心境まで詳しく話す方、涙声で聞き取れない方、皆さんそれぞれ最後のお別れです。
 故人様と向き合ったお1人おひとりの言葉はどんなに短くてもその人なりが出て、次第に1つのドラマになり、いつの間にか式場全体に一体感が生まれ、大きなうねりとなって迫ってくるようにも感じられました。

 目を閉じて聴いていると故人様の世界が広がり、面識がないのにいつの間にか、当方までが旧知の間柄のような錯覚を覚えてしまうほどでした。
 ご遺族のお子様達も「私達の知らなかった父の一面を知ることができました」と感慨深い面持ちで涙ぐんでいらっしゃったのが印象的でした。

 これからは宗教色のない、その方らしいこんなご葬儀も増えてくるのでしょうか。

宗教観を踏まえたご葬儀のあり方を…。

 「5年前の母の葬儀と同様に、無宗教葬で父の葬儀もお願いします。母の時は大好きな音楽とナレーションで綴ったご葬儀でしたが、父の場合はゆったりとした時間を思い出のお話を中心に進行していただければと思います」。

 思わず事前相談かと錯覚を起こすほど電話口での口調は穏やかでした。
 病院から搬送された御遺体はすでにご自宅にご安置されていらっしゃるとのこと。

 早速にご葬儀の手配を整え、受話器を置くと同時位に新たなベルが鳴りました。

 「49日に戒名を付けて納骨と言われたが戒名代ってこんなに掛かるのですか。戒名って何ですか。納骨式はこの何分の一以下で済むと思っていたのですが・・・」。
  
 伺った戒名代はセンターの賛同社が手配する戒名付きのお布施代の倍以上。
 確かに少し高いのでは・・・。

 宗教には関心が無いが、数年前にセールス熱心な石屋さんに根負けして、千葉のお寺さんのお墓を購入。
 このたび、お母様が遠方の老人ホームでお亡くなりになり、ご葬儀はそちらで済ませたが、いざ納骨という段になり、お寺からは戒名が必要と助言されたとのこと。

 お寺のご近所の方に伺うと、このあたりはくだんの戒名代が相場とこともなげに言われたたが、すでにご葬儀での出費で予算が無いのでどうしたものかと。

 昨今は地方から都会に移り住み、ご自宅には御仏壇も無く、葬儀で言われるまで、宗教について考えたこともない方が増えています。
 更にはお近くに頼れる御親族も無く、お知り合いの壇信徒の方もいらっしゃらないケースも出てきています。

 「お寺サイドはあくまでお志でとしかおっしゃらないでしょうが、この際実情を申し上げて交渉されては・・・。その結果をご相談しましょう」と申し上げましたが。

 立て続けのお電話を受け、これから特にご自身のご葬儀を考えるにあたり、従来通りの右倣えではない宗教観を踏まえたご葬儀のあり方を、一考する時期に来ているのではと考えさせられました・・・。