斎場選びは駅前だけにこだわらなくなくても大丈夫です・・・。

 最近のご相談者の中には駅近くや駅前の斎場にこだわりを見せる方が多く見受けられます。
 特に、ご高齢の会葬者や会社関係者が多くいらっしゃる場合は、足の便が重要なポイントになるからのようです。
 しかし、実際駅前にある斎場は葬儀社の自社斎場が多く、所有されている葬儀社しか使用できません。
 では、駅前に自社斎場を持った葬儀社しか頼りにならないのかといえば、そうとも言い切れません。
 むしろ、距離に余りこだわり過ぎて全体を把握できないことの方が色々と問題を含んでいるようです。
 
 先日も公営斎場は電車やバスの乗り継ぎがあり、会葬者に負担がかかるから考慮に入れていないと言う方がいらっしゃいました。
 しかし、公営斎場のメリットも沢山あります。端から除外するには惜しい式場です。
 たとえば、最寄駅からマイクロバス(定員26~7名)のピストン輸送という方法もあります。
 ご家族・ご親族中心のご葬儀等では通夜の1時間前に1回目をご親族様用に出し、2回目は20分後、3回目は40分後と一般会葬者用に出せばクリアできる問題ではないでしょうか。
 また、ご近所の方々が多数お見えになる場合では、ご喪家のご自宅に集合して、こちらからマイクロバスで往復するということもできます。
 勿論、公営斎場だけではありません。民営の貸斎場然りです。

 さらに、出来る限り、事前に斎場をチェックされることも希望します。
 少しでもお時間がありましたら実際に葬儀社の担当者とご一緒し、ご自分の目で確かめることも大切です。
 ご一緒した担当者の態度・行動も客観的に観察できますし、斎場までの所要時間も会葬者の顔ぶれを頭に描きながら大丈夫かどうか判断でき、斎場の雰囲気、1日1ご喪家だけでない場合の周りの騒音なども具体的にチェックできます。
 意外なことには、斎場のお掃除の行き届き方が目につくとよく言われます。
 立派な建物でも、たった一つのことで台無しにされてしまいます。掃き清められ、清々しい中からお見送りしたいものです。
 
 
 
 

葬儀内容も今後益々多彩になる予兆が見受けられます。

 新年明けまして おめでとうございます。
 昨年中はお世話になりました。
 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 不景気の嵐の中、それでも世間の人々はつかの間の小休止で、家族団欒のひとときを過ごしていらっしゃいますが、人の死だけは待った無しです。
 お正月3が日はほとんどの火葬場がお休みです。
 今年も電話での切羽詰った問い合わせで新しい年を迎えました。

 近年、ご葬儀に関する話題もマスコミを中心に取り上げられ、事前にご相談される方も増えてきました。
 お亡くなりになってからご連絡いただく場合がほとんど従来型でのご葬儀に対し、時間に余裕のある事前相談ではご希望が多く、さらに膨らんで演出型のご葬儀をご要望される方もでてきて、この傾向は今後さらに増える気配が感じられます。
 演出型のご葬儀でのご希望は、お集まりいただいた方々に対する儀式として、結婚式が一つのヒントになっているようです。
 しかし、ご葬儀を取り扱う葬儀社の担当者は演出家ではありませんので、無理にやるとぎごちなくなったり、またイベント化されてしまう危うさも含んでいます。
 さらに、斎場は一般的に結婚式場のような多彩な装置がありません。
 いきおいスタッフも専門家にまた装置も外注するはめになり、思わぬ高額な出費になってしまうのが現状のようです。

 昨年取り扱ったご葬儀の中で、3面のスクリーンに故人様の生い立ちを数十分間映したいのでパソコンでの操作に精通した担当者とビデオ用のプロジェクターが揃う葬儀社と斎場を紹介してほしいとの依頼がありました。
 
 指定された地域の賛同社に問い合わせ、A社は機材持ち込み専門スタッフ派遣、B社は自社の小型スクリーンと写真部スタッフ派遣という形の見積りになりましたが、依頼者の予算との折り合いがつかず、二転三転した挙げ句、スクリーンはカットされC社の金額を抑えた無宗教葬に落着きました。
 依頼者としては葬儀担当者自身が取り扱い、費用を抑えた形をご希望でしたが、現状で条件が揃うことの難しさを痛感させられた1件でした。
 
 

 

最近のアンケートの言葉で今年を締めくくります。有難うございました。

 今年も多くの依頼者の方々から当センターの相談フォームを通じて、またお電話でのご相談を頂きました。
 「どこから何をどうしてよいか分らないという状態だ」とおっしゃるご相談者から、お話を整理して、順序立ててお聞きするところから始まり、メールのやりとりをし、ご要望に添った概算の見積りを取って説明し、賛同社をご紹介する。
 これだけのことが、ノウハウではなく、お1人おひとりのお気持ちと如何に向き合うことができるか色々勉強させられた1年でもありました。

 おかげさまでご葬儀後のアンケートも、お忙しい中メールや郵便での返信を多数いただき、賛同社の担当者共々恐縮すること頻りでした。
 当センターの賛同社はどちらかといえば、小所帯の葬儀社の方が多いのですが、その分担当者も最初から最後まで面倒が見られ、全体を把握できるという強みがあります。担当者は依頼者のお話を伺い、最良のご葬儀にするための臨機応変な対応ができる方が多く、アンケートでも対応の良さにお礼の言葉が多く寄せられていました。
 
 主旨をすばやく理解して、同じ目線で一緒に考えてくださったと思う。おかげで父らしい葬儀ができました。
 希望の斎場が1週間近く塞がって、急遽別な式場に変更したが、かえってよかったです。
 気軽に何でも相談できて、教えてもらいました。
 何度もの人数変更等の連絡にいつも快く引き受けてくださいました。
 細かい気配りをいただき、折々に相談に乗っていただき、大変感謝しています。
 遺体に対しても、遺族に対してもスタッフの方々の温かい誠意が伝わってくる葬儀社でした。
 分らないことだらけの我々に、いつも携帯で対応してくださったのには、助かりました。
 人の痛みや悲しみを分ってくれるスタッフだったのでとてもよかった。父の葬儀もお願いしようと思っている。

 その他寄せられているアンケートの中でも面倒見がよい担当者が多く、葬儀後も折に触れご相談されている方が多く見受けられます。
 一つひとつに誠意を持って全身で当ってくださっている賛同社の皆さんにも感謝し、来年もよろしくお願い致します。
 

今年はご葬儀に関する話題がマスコミの表舞台に取り上げられた年でもありました。

いよいよ今年も残すところ後1週間となりました。
振り返って、今年は近年になくご葬儀の話題が表立って取り上げられたように感じられました。
納棺師の生き方を描いた映画「おくりびと」の話題から、団塊世代が還暦に突入し、会社から開放されたこれから先の生き方を一人ひとりが問われ始め、自身の最期も視野にいれ、どうすべきかを提案するマスコミ報道まで色々な角度から語られてきました。
 少し前までどちらかといえばタブー視されていたことが、気が付いたらごく当たり前のように語られ始めた年、と見てもあながち的外れにはならないように思われます。
 
 2~3年前から都会を中心に、ご家族ご親族の近親者のみで執り行う家族葬なるものが急増してきましたが、今年後半に入り世の中の状況ともかみ合って、ご自宅もしくは病院から自宅以外の安置所を経由して直接荼毘に付される直葬希望が話題になり、実際にご相談も目立ってきました。
 但し、直葬も金銭的な問題ばかりではなく、自分の最期の始末はどうするか自分に問いただした結果、これでよしと決断される方も増えています。
 
 今年はまた各人が、各家庭にあったやり方を模索し始めた年でもあり、これから益々ご葬儀の選択肢も様々な様相を呈してくるようになると思われます。
 先日はご家族4名様だけの立会いのもと、菩提寺のご住職を火葬場の特別室・炉前ホールにお呼びして、15分ほどの読経後お別れになられたご喪家もありました。
 火葬のみで菩提寺からのクレームは大丈夫かと担当者に聞くと、ご住職も納得されてのことだそうです。
 形式にこだわるよりも、気持ちをはっきりお伝えし、納得のいく形を見つけることも
大切な要素になるようです。

 この時期、朝、新聞を開くと死亡欄が気になります。今週も続けざまに知り合いのお2人の名前を拝見し、ドキッとさせられました。お2人ともまだまだ現役バリバリの方でしたので、これからゆっくりお話をお伺いしようと思っていた矢先で、それももはや叶わぬ夢となってしまいました。
 ご冥福をお祈りいたします。  合掌。
 
 

高齢化社会における葬儀の将来像

 以前このブログ(9月18日)で、火葬船構想を取り上げたことがあります。そのときは触れませんでしたが、このアイデアを出したのは、日本テンプルヴァンという寺院経営コンサルをしているところだそうです。

 日本の葬儀・埋葬の将来像をまとめた際に、船も火葬場にできると考えたといいます。火葬船もさることながら、まとめられた将来像も興味深いものです。
 以下、年代順に少し紹介していきます。

2013年ごろ 葬儀での戒名(法号)不要論者が増え、俗名による葬儀が全体の20%を超える。
15年 岸壁に接岸した葬儀会館と火葬場の兼用船が登場
16年 無宗教葬儀が増え、仏式葬儀が60%に減少
20年 生前に自分で葬儀の手配を済ませてしまう人が全体の30%を占めるようになる。
25年 納骨堂利用者が30%に。墓地は40%に
26年 宗教法人のM&Aが始まり、宗教法人数が減少
40年 国内の年間死亡者数が166万人とピークを迎える(葬儀産業が倍になる根拠)

 火葬船が実現、定着するかは現時点ではわかりませんが、葬送から宗教色が弱まっていく趨勢なのは間違いないように感じられます。

1日葬と菩提寺の関係は如何に・・・。

 都会を中心に最近は、各家庭の事情に合わせたやり方のご葬儀が、多く見られるようになりました。
 と言っても、特殊なやり方があるのではなく、会葬者の人数や、式場を使う、使わないの違いで様々なネーミングが施され、一方でそのネーミングが一人歩きして、特別なことのように思われる節もあるようです。
 例えば、費用の面、親族の方々への負担等を考慮して、通夜、葬儀、告別式の順序を踏まえないで、葬儀・告別式1日だけのご葬儀を希望される方も増えつつあります。
 この1日葬のことは別名、ワンディセレモニーとも呼ばれ、忙しい都会生活者に合ったご葬儀として評判をよんでいるようです。
 2日間に渡るご葬儀は時として遠方からのご親族にとり、とんぼ返りの往復を余儀なくされる場合もあり、特にご高齢の方々には負担も大きくなります。
 1日葬、これは都会人にとって自然な現象かなと思っていると、思わぬところからの待ったが掛かる場合があるようです。
 
 仏式でのご葬儀は、通夜・告別式共にご住職に読経をお願いしますが、菩提寺がない場合やあっても遠方で当日来られない時は、葬儀社の方でご住職の手配をいたします。
 1日葬でも同様です。
 しかし、葬儀社が手配したご住職の場合は問題ありませんが、菩提寺のご住職にお願いする場合に、ご住職の方からクレームがつくことがある、との情報を葬儀社の担当者から受けました。
 当センターではクレームとしてまだ伺っておりませんので、センターの賛同社数社に聞いたところ、ご住職にそれほど気を使うことはないというと社と、時としてクレームがつくことはあるという社それぞれでした。
 
 ご住職側からすると、通夜と葬儀では読経が違いますし、意味合いも違いますとのことです。

 いずれにいたしましても、1日葬をご希望の方は前もって菩提寺にご相談されることを希望します。
 但し、菩提寺からの戒名つきお布施代は1日でも二日間でも変わりませんので、念のため・・・。 
 
 

密葬の場合は香典をいつお渡しすべきか?

 先日、「会社の同僚宅のご葬儀が密葬とのことで職場の仲間の香典を集めて持っていますが、いつ伺えばよろしいですか」とのお電話がありました。
 密葬、家族葬の場合は通常ご家族、ご親族、あるいはごく親しい友人のみで執り行われ、ご葬儀が終った後に、知人や関係者にご連絡されますが、会社関係の場合は少々複雑なようです。
 お電話頂いた方の場合でも、喪主に当られる同僚の方は、会社を数日休むために理由を公表せざるをえません。
 部署によっては取引関係者まで知る羽目になってしまいます。
 今回も通夜から告別式の日取りが掲示板に発表されたようです。
 但し、斎場は分らないとのことでした。
 式場をお知らせしないということはあくまで内々で済ませたいという意向だと思います。
 無理やり聞き出して伺っても先方は戸惑うばかりです。
 
 家族葬、密葬さらには直葬とお身内だけのご葬儀が増えている現在、一般会葬者の方々はいつお悔やみを述べるか、タイミングが難しい状況もあるようです。
 
 立会いで伺った家族葬の中には、会社の同僚の香典をまとめてご葬儀前にお見えになり、受付にお渡しして、そのままお線香をあげずにお帰りになられた方もいらっしゃいました。
 また、ご喪家側もご家族のみで通夜をして、通夜が終るまでに会葬者がいらっしゃった場合は別室で待たせてほしいとまでに徹底される方もいらっしゃいました。
 
 一般会葬者の場合ご遺骨がご自宅に戻っていますので、ご葬儀を済ませた翌日か、喪主が会社に戻る前あたりに、「仏様にお線香をあげに伺いたいのですが、如何でしょうか」とお尋ねされるのも一案かと思います。
 それに対してはご喪家側からもどのようにしたいか、ご返事頂けるのではないでしょうか。
 

 担当者は 「一期一会」の気持ちがなにより大事

 「一期一会」とはご葬儀のための言葉ではないかと思われるほど、ぴたりと当てはまるようです。
 ご葬儀の立会いに伺うようになって3年余り。
 斎場に一歩入るといつもまずこの言葉を思い浮かべ、おもわず襟を正すようになりました。
 葬儀担当者を始めそれぞれの部署の担当者が、どれだけ一期一会の精神を汲みとり臨むかで、ご葬儀の良し悪しが決定するのではとまで思われます。
 「生涯のうちで今日という日は2度となく、今日のめぐり合わせはあくまで今日だけのことである」と言う意味合いから、後がないご葬儀に一つひとつどれだけぶつかっていけるかが鍵になるようです。
 ご喪家のご要望をキャッチし、どうすれば最良の方向に持っていけるか問題が山積するほどさらにファイトが沸く担当者も多いようです。
 
 通夜の席で供花が傾くアクシデント見合わせられ、ご喪家の肝を冷やしたが、誠心誠意事にあたり、逆に信頼を得た担当者。

 通夜のお清めの席上でご住職(元校長先生)に葬儀の采配ぶりを褒められた担当者。

 ご家族・ご親族30名のみの通夜に10倍近い会葬者がお見えになり、ご喪家に恥をかかせないように、読経の後、急遽柩を前に出し、ゆっくりとご対面をしていただき、
お清めを遅らせ、追加の料理で間に合わせた担当者。

 数え上げたら、枚挙にいとまがない位です。
 今「一期一会」の言葉を改めてかみ締めています。
 
 
 
 
 

「自然に生きて、自然に死すこれが80歳の心境です」と語る舞踊家

 「昭和の初め、お寺は町のサロンだった」と九州出身の大先輩の友人はよく話していました。
 当時のお寺は子供達を集めて色々な催しや踊りの会が頻繁に行なわれ、町内の社交場の拠点でもあり、自然な形で町に溶け込んでいたようです。
 ご住職はお寺を守るだけでなく、子供達に踊りを教える舞踊家でもあったのです。
 お父様の教えを守ってきた娘さんもすでに80歳になろうとしています。
 その80年の人生を振り返った近況報告におもわず拍手。
 娘さんは親への反発も手伝い、お寺に生まれながらにしてお気持ちは無宗教で、懐かしさもあり線香の匂いに心が落ち着くが、葬式無用の信念は変わらず、形式的儀式は不要で、大切な方々との惜別の情は深く心に残っているが、自分の胸中に故人が生きていることが最高の供養ではないかと報告されていらっしゃいました。
 宗教的信仰ではなく「土から生まれて、土に還る」と言う言葉があるように、死とはいのちが生まれた根元の場へ還って行くことだとすれば「逝く」のではなく「還る」ことで、大いなる母胎回帰だとのことです。
 また、ダンスは自然体でなければ、身体に不要な力が入っていると踊れない。力を抜いて自然体になった時、本当の動きがでてきますと。
 身体も心も自然体であれ。自然に生きて、自然に死す。これが80歳の心境だとのことです。
 私の今後の課題でもあります。
 
 
 

 

お布施代について考える・・・。

 先日依頼者から「斎場として以前親戚のものが葬儀をしたお寺ではどうか」との相談を受け、先方に問い合わせてみたところ、檀家になっていただいて院号の戒名の方のみ本堂でご葬儀を執り行いますとのお話でした。
 ついでに恐る恐る戒名のお値段をお伺いすると「こちらでは200万円以上」とのことでした。

 以前、都下の寺院で檀家の方が本堂でご葬儀をされた時もこれ以上の金額だったことを葬儀社の担当者から伺ったことがありました。
 同行した担当者は中座させられ、ご喪家の依頼者とご住職とが直にお話をされたようです。
 檀家で院号を付けると200万~300万円が相場となる・・・?。
 これに葬儀費用が加わる