担当者とのコミュニケーションは・・・。

 昔から御葬儀の良し悪しの鍵は、依頼者と葬儀担当者の信頼関係にあるとまで言われています。

 「当初より規模が小さな御葬儀になりましたが、葬儀担当者からは依頼者の立場に立った親切なアドバイスをしていただけ、生前を良く知っている方からも故人らしい葬儀だったとお褒めの言葉を頂きました。また、細かな疑問や質問にも迅速にお答えくださり、私共遺族の想いにマッチした葬儀社をご紹介頂き感謝しております」。

 直葬希望で出来るだけ費用を抑えたい方からは「的確な助言、提案を頂き、オプションが用意されているものでも、自分達で準備ができれば費用も抑えられる等、葬儀社にとっては不利益であろうと思われる提案もしてくださり、有難かったです」

以上は御葬儀後に頂いたアンケートの一文です。

 御葬儀では実際に葬儀を取り仕切る担当者とのコミュニケーションのあり方が、満足度に深く関係致しますので、当センターでは基本的にご喪家の想いをしっかりと受け止めるためにも、最初から最後まで一貫して一人の担当者に面倒を見て頂くように、賛同葬儀社さんにお願いしております。

 担当者もご喪家側で何をお望みなのか、出来る限りお伺いし、ご喪家の想いを確かめ、くたくたになるまでやり通すことで信頼を得、そこで初めてご相談者の安心感をつかむことができるとまで申しています。

 また、ベテランの担当者からは、いかに早く打ち解けていただけるか、また短期間に信頼を得て、この人なら大丈夫と思っていただけるかが鍵になる。その為には相談しやすい状況を作って差し上げ、葬儀社のご葬儀ではないのだから、決してご喪家の前には出ず、一緒に歩きましょうと、常に二人三脚で行くように気を配っているとのお話も伺っております。

 コロナ禍だからと諦めず、やり直しが効かない御葬儀だからこそ、思いの丈を担当者に御相談され、後悔しないお見送りにしたいものです。

担当者の心意気

 昨年1月、豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号内で端を発したコロナ騒動も、各国とも国を挙げての対策に取り組み、早1年10ヵ月。

 日本では秋口からの減少方向に、各界とも期待を寄せておりますが、各々の方向性が定まらないのが現状で、まだまだ暗中模索の状態が続いています。

 そんな中、御葬儀の世界も、今はコロナ禍の状況だからとご喪家のご要望もトーンダウンし、取りあえずネットで検索しただけでお決めになり、ハウツウ式の御葬儀のズレに我慢されていらっしゃる方も多いかと存じます。

 しかしながら他の行事等とは異なり、御葬儀だけはやり直しが効きません。

 ご要望との差が大きく、お気持ちのズレが生じても修正は難しく、「こんなはずではなかった」。

 後悔先に立たずではありませんが、ここは様々な状況を乗り越えてきた、ベテラン担当者の出番ではないでしょうか。

 ご喪家の目線に合わせ、どんな緊急な折でも、限られた範囲の中でご要望にアドバイスができるのは、矢張りベテラン担当者のなせる業では・・・。

 長年御葬儀に携わってきた担当者曰く「御葬儀は一律こうすべきというものではなく、ご喪家からご要望を伺い、適切なアドバイスは勿論の事、それに伴うメリット・デメリットも含めて相談に乗り、ご相談者のよき伴走者として、臨機応変な対応を心がけ、常に最善の方法を模索している」との由。

 また、少人数の御葬儀では担当者との関係が重要になり、実際にお会いして、合う・合わないということも出てきますので、コロナ禍の中ですが、出来るだけお会いして頂くようお願いもしております。

 御葬儀後にご相談者から頂いたアンケートからもベテラン担当者の心意気が感じられます。

「ボーっとしていたら(葬儀社に)いいようにされてしまった」とのお話はよく聞きますが、「ボーッとしていたら(依頼者である私共の)いいようにしてくださった。又、「追加オプションを勝手に付けられた」とはよく聞きますが、担当者は「これは不要ですね」と削ってくださった、との由。

コロナ禍の中、ベテラン担当者の出番です・・・。

 10月に入り、目下のところ、コロナ感染者数の減少が続いていますが、不透明な状況は相変わらずです。

 御葬儀も通夜を省いたお身内のみの1日葬、もしくはお式を執り行わず、直接荼毘に付す直葬に二分されたような状況が続いています。

 コロナ禍の中、感染対策を第1に、出来るだけシンプルにとは言え、ハウツウ式の順番だけをなぞったような御葬儀でよしとする状況下に、2~3年前のコロナ禍以前の御葬儀を想い浮かべ、じくじたる思いのご喪家も多いかと存じます。

 小規模でも、パッケージされたハウツウ式ではない、我が家に見合った見送り方をしたい。

 取りあえずは周りの状況に配慮し、沈黙を守っているが、本来でしたらやり直しがきかない分、こうしたお見送りをしたかった、お身内からそんな声も聞こえてくる昨今でもあります。

 そんな折、お身内の声を察し、臨機応変に対応出来るのは、永年様々な状況をかいくぐってきた経験豊富なベテラン担当者の方々です。

 状況に応じた臨機応変な対応を可能にしてくれるのは、御葬儀に熟知しているベテラン担当者のなせる業でもあります。

 当センターでは賛同社をご紹介するにあたり、常に担当者レベルまで把握しており、その都度、御相談に応じた御紹介をさせて頂いております。

 以前ネットを通じて御相談された後、当センターに御相談頂いた方から「他社さんからはこちらの質問に事務的な受け答えしかいただけなかったが、御社で御紹介頂いた担当者からはオプションについてもこれで十分、このご葬儀では特に必要なしと状況判断をして頂き、大変助かりました。ネットで検索しただけではめぐり会えなかった方を御紹介頂き感謝しております」とのご報告も頂いております。

 担当者からも「ご相談者から良いご葬儀だった」と言って貰えるか否かは、ご葬儀が始まる前に決まってしまうとまで断言されたことが思い出されます。

 やり直しがきかない御葬儀ゆえ、如何にご相談者のお気持ちを汲んだ対応をして、ご信頼いただけるかにかかっているとのことです。

 コロナ禍の今こそ、ベテラン担当者の出番です。

時代は変われども、見送る気持ちに変わりなし・・・。

 昨年来のコロナ禍の中、秋口から患者数が劇的に減ってきたと連日報道され、早くもコロナ後を見据えた方向に舵が取られ始めていますが、まだまだ油断なりません。

 人の集まる御葬儀の世界も、三密(密閉・密集・密接)を避け、出来るだけシンプルな方向をとのことで、「こんなご時世ですので・・・」を合言葉のようにして、大方の御葬儀が、人の出入りの多い通夜を省いたお身内だけの1日葬、若しくは、御葬儀のお式自体を省いた直葬にシフトされていますが、今後どのような方向に向かうのでしょうか。

 御葬儀の在り方も、コロナ対策を検討している間に、いつの間にか見送る御家族の方々の世代交代がなされ、社葬や特別な場合を除き、今後はよりシンプルでクールな方向に向かうのではとも想像されます。

 しかしながら次なる世代に移行されても、基本見送る気持ちに変わりはありません。

 昨今のようにネットの情報が飛び交う中、御葬儀のハウツウだけを伝授されても、なかなかご満足の声を聞くまでには至らないようです。

 直葬を御希望ですが、最期のおわかれだけはゆっくりと・・・。

 こんなご要望も度々頂きます。

 やり直しがきかない御葬儀に際し、依頼者のご要望にどれだけお答えできるか。

 担当者には相談者のお気持ちを察し、臨機応変なアドバイスがどれだけなされるか否かに力点が掛かってきます。

 当センターではご紹介する賛同社の担当者レベルまで把握して、ご依頼に沿った社の担当者をご紹介しております。

 以前、立会いでお伺いした御葬儀では、ベテラン担当者の気配りのある対応ぶりを見ていた御親族の方が思わず「俺の時もここに頼もうかな」とつぶやいていたのが印象的でした。

 コロナ禍の中、「葬儀社は究極のサービス業」とまでおっしゃっていた先輩担当者の言葉がリフレインしています。 

見送るお気持ちはいつの世も同じです。

 コロナ禍の中、幾度目かの緊急事態宣言が9月30日をもって解除され、人の流れや行動制限も段階的解除となって参りましたが、3密(密閉、密集、密室)を避け、安全を確かめた上で、身近な方をお見送りするお気持は、いつの世も変わりありません。

 「母はこんなご葬儀がしたかったんです。有難うございました」

 以前、立会いで御葬儀にお伺いした折、ご相談者から開口一番、お礼のお言葉を頂き、担当者をご紹介した当方も思わずホッと胸をなでおろし、安堵したものでした。

 当初、病院付きの葬儀社さんにご自宅へ搬送をお願いされたのですが、お父様への配慮が足りない雑な扱いにお母様が心配され、見るに見かねたご長男様から当センターにご連絡を頂き、地元のセンターの賛同葬儀社さんを改めて御紹介させて頂いた御葬儀でした。

 不安と戸惑いの中、初めて御葬儀を執り行うご喪家にとり、御葬儀担当者の存在はとりわけ大きく、心強いものです。

 ハウツウ式の御葬儀の伝授だけでは、ご満足の御葬儀は望めません。

 昨今のように、小規模な御葬儀が多くを占める状況の中、ある意味、担当者のアドバイス如何で御葬儀の良し悪しが決まってしまうとまで言われております。

 ご喪家のご要望を推し測り、適切なアドバイスはもちろんのこと、それに伴うメリット、デメリットも含めてご相談に乗り、よき伴走者として、臨機応変な対応をしていただける担当者を求める傾向が、より顕著になってきているようにも思われます。

 以前1人っ子のご相談者からアンケートのご回答と一緒にお手紙を頂きました。

 「父を見送った後、これでよかったのかと一人で悩んでおりましたが、早速に担当者から心に残る御葬儀だったとのお手紙を頂き、気持ちも一気に軽くなり、今では無事父を見送ることが出来たのも皆様のおかげと感謝しています」とのご報告に、御紹介した当方も思わずほっとさせられたものでした。

ベテラン担当者はコロナ禍でも健在です。

 御葬儀では永年お世話になった方々を通夜・葬儀告別式にお呼びし、故人様と最期のお別れをしていただくのが本筋でしたが、コロナ禍から1年半以上経った昨今では、三密(密閉・密集・密接)を避けるため、通夜を省いたお身内だけでの1日葬が大半を占め、更には御葬儀の式を執り行わず、いきなり火葬場にお集まりいただく直葬のみの御葬儀もごく一般的になって参りました。

 三密を避けるため、ネットを通じて形式的で当たり障りのないハウツウ式の御葬儀にせざるを得ない状況に追い込まれた時期もありましたが、御葬儀は夫々の状況により千差万別です。

 一時期ネットの検索からお問い合わせされる方も増え、群雄割拠の様相を呈していましたが、やり直しが出来ない御葬儀では他の催し事とは異なり、こんな時こそ御葬儀の本筋を心得た、労を厭わぬベテラン担当者の、臨機応変な対応が待たれます。

 状況に応じて如何に臨機応変に対応できるか・・。

 ベテラン担当者の腕の見せ所でもあり、同じような御葬儀でも、受け取る側のお気持ちにどれだけ沿えるかが大きな課題になってきます。

 以前、ご自宅以外に搬送予定で病院から自社安置所にお連れしたところ、ご相談者のお母様からどうしてもお父様を一度永年住み慣れたご自宅にお連れしたいとの強いご要望を頂き、急遽ご自宅に向かう羽目になった事例がございました。

 担当者はお母様の揺れるお気持ちを察し、自社安置所までの搬送代をサービスされ、その代わりに、ご葬儀までの数日間をご自宅にて永年お付き合いのあったご近所の方や古くからの友人とのお別れに当てて頂くよう助言されたとの由。

 御葬儀費用を極力抑えたいとのご要望に、削れる箇所は出来るだけ削り、ご喪家のご要望と向き合う真摯な姿勢にご喪家からもいつしか絶大な信頼を得、火葬後、ご自宅にお戻りになられたご相談者からはいの一番に、「センターからもくれぐれもよろしくお伝え下さい」とのご報告をいただきました。

 コロナ禍で揺れる中、ベテラン担当者の出番です。

笑顔の力

 昨年来のコロナ禍の中、1年遅れのオリンピック、パラリンピックも無事執り行われ、気が付けば9月も半ばに差し掛かり、世の中の状況も以前とは大分趣が異なって参りました。

 次々と繰り出される新たなコロナに振り回され、対策も後手後手に回り、世の中の空気も一変し、毎日発表される患者数や重症者数に一喜一憂する日が続いています。

 そんな中でも季節は廻り、来週は敬老の日と彼岸の入りが重なって、早くも秋の気配が漂って参りました。

 10年ほど前の敬老の日、東京郊外の特養老人ホームでの光景は今でも思い出す度、熱いものがこみ上げてきます。

 青空の下、ホームの広場で数十人の若者たちが勇壮活発に和太鼓と格闘しながら飛び跳ね連打している姿に、周りを囲んでいる車椅子の方々は半世紀以上前のかつての自分と照らし合わせ、なんとかして一緒に参加は望めないか。しかしながら、現在のご自身の身体をおもんぱかると・・・。

 そんな想いが広場中に広がり、次第にじりじりした空気が張り詰め、前に進めないもどかしさが手に取るように伝わってきました。

 と、その空気を察したのか、戦前から音楽の世界に身を置き、当時ホームにお世話になっていた友人が、連打する太鼓に我慢しきれず、車椅子から身を乗り出して、タクトを振り始めました。

 いつの間にか、気が付けば周りの車椅子の方々も、友人の姿に呼応するかのように身を乗り出して、今にも車椅子からはみ出さんばかりに各々欣喜雀躍の様相を見せています。

 和太鼓の若者と車椅子の老人たちのコラボはやがて一体となり、どこまでも続く青い空に吸い込まれていくような空気が辺りに漂ってきました。

 やがて、久しぶりに思いっきり体を動かした老人の方々の笑顔は晴々とし、どのお顔も生きる力がみなぎっているように思われました。

 コロナ禍の中、何時になったらあの笑顔に又お目にかかれるのでしょうか・・・。

エンゼルメイク

 昨年来のコロナ禍の中、御葬儀もよりシンプルに、お身内とごく親しい方々のみのお見送りが、大半を占める状況となってまいりました。

 3密(密閉・密集・密接)を避け、ご出席の方々がマスクを外せない中、柩の中のお顔だけはお元気だった頃を彷彿させるメイクが施され、お見送りの方々も見慣れたお顔に安心して最期のお別れをされていらっしゃるご様子です。

 昔から、たかがメイク、されどメイクと言われますが、昨今の様にシンプルな御葬儀では、その方らしさが浮き彫りにされ、メイク一つで御葬儀の印象も大分異なってくるようにも思われます。

 以前、立会いで御葬儀にお伺いした際、ご遺族の方から「最期に元気な頃の母に会えてよかった」と大変喜んで頂けたことが、思い出されます。

 長患いで、痛々しい程やつれてしまわれたお母様でしたが、生前に近い姿で旅立たせてあげたいとのご要望で、プロのメーキャップ・アーティストの手により、シリコンを入れた特殊メイクが施されると、みるみる生気を取り戻し、お元気な頃のお母様が蘇ったのではと思われる程だったとの由。

 一方で、ご年配のお母様の御葬儀では、余りに綺麗にメイクを施し過ぎて、御葬儀の間中落ち着かなかったとのご指摘を伺ったこともございました。

 また、御葬儀の際に施されるメイクはエンゼルメイクとも呼ばれ、普段のメイクと違い、生前のその方らしさが如何に出せるが鍵になり、メイクを施す方は生前のお写真から推測され、またご遺族からお話をお伺いしてイメージ作りをされ、それは丁度絵画の修復作業にも似ているとのお話をお伺いしたこともございます。 

コロナ禍後の御葬儀は・・・。

 今年の夏はコロナ禍という重い空気が覆いかぶさっている中、1年遅れの東京オリンピックに続き、各人のハンディをものともせず、明るい笑顔で挑戦していく東京パラリンピックの選手の活躍ぶりが唯一の救いになっています。

 メダルを手にした選手の満面の笑顔の裏には、我々が想像を絶するご自身との戦いがあったのでは・・・。

 コロナ禍の今こそ、形は違えども逆境の中での身の処し方を教えて頂いているようにも思われます。

 昨年初め、横浜港沖に停泊していた客船・ダイアモンド・プリンセス号内で発生したコロナが話題になった頃は、一時的な現象で長期戦になるとは思わず、三密(密閉、密接、密接)を避け、感染予防さえ徹底すれば早晩に収まるだろうと高を括っていたふしもありましたが、コロナ騒動は今年に入っても納まるどころか、さらに新たなコロナウイルスが発生し、もはやコロナウイルス対策抜きの生活は難しい状況になってしまいました。

 コロナ禍での御葬儀も通夜を省いた1日葬が主流になり、参列者もこんなご時世ですからと、お身内を中心としたできるだけ小人数でのお見送りに限定されて来ています。

 更に、菩提寺がある方は別としても、ご時世に合わせて御葬儀のシンプル化が加速され、火葬のみで式を省いた直葬の形を取られるケースも大分増えて参りました。

 しかしながら、ご自身の最期をどの様にされたいか、お一人お1人のご要望はそれぞれです。

 各人のご要望を満たすためにはお元気な内に各人がご自身のエンディングノートを作成し、書き留めておく必要がでてくるかもしれません。

 エンディングノートの存在は以前からアピールされてきましたが、その存在を意識されながらも、なかなかきっかけが掴めなかった方も、多々いらっしゃるかと存じます。

  残された方々へあなた任せの御葬儀ではなく、コロナ禍を機に万が一の際のご要望を率直にお伝えしておくこともより大事になってくるのでは・・・。

 エンディングノートには社会的な拘束はありませんが、後に残されたお身内の方々にとりましても、お気持ちの整理がつき、これで良かったか否かの判断材料にもなります。

 コロナ禍後の御葬儀の在り方は、従来とは大分様変わりを見せるのでは・・・。

 そんな予感も致します。

意識の垣根

 コロナ禍の中、開会直前まで危ぶまれていた東京オリンピックが無事終了し、8月24日からは身障者の方々によるパラリンピックが開催され、日本勢は早くも水泳部門で14歳の少女がメタルを獲得するさい先の良いスタートが切られました。

 選手の方々が自己のハンディをものともせず挑戦する姿勢が新鮮で、テレビ画面に思わず見入ってしまうほどの迫力が、直に伝わってきます。

 日本人は昔から特に自分が健常者であることを意識した途端に、ハンディのある方達に対して、ついどこか後ろめたさを勝手に感じ、何々をして差し上げるんだと意識の垣根を作ってしまいがちですが、目の前で展開される競技を観戦しているうちに、いつの間にかわだかまりも消え、共に応援し共存する自然な姿が垣間見られる様になってまいりました。

 大分昔のお話しになりますが、ドイツの小都市ワイマールでの小さな出来事が思い出されます。

 マーケットで買い物をしていると、突然車椅子のオジサンにあれを取ってくれと呼び止められました。

 その指図の仕方が余りに自然で、気が付くといつの間にかオジサンの脇で一緒に買い物をしていました

 日本ですと、障害を持った方にはお手伝いをして差し上げなくては、との意識が先に立ってしまいがちですが、オジサンのあまりに堂に入った自然な振る舞いに巻き込まれ、我ながらびっくりしたものでした。

 同時にちょっぴりうらやましくもありました。

 日本にもいつかこんな社会が来るのだろうか。

 あれから数十年、パラリンピックを拝見しながら、今こそそのチャンスでは・・・と。

 今年こそ日本人の意識改革の時では・・・。

 日本人は昔から無から有を生ずるのは苦手と言われますが、コロナ禍の中という制約された中での意識改革は、ある意味日本人の得意とする分野でもあるのだから・・・。