家族葬にこそ弔辞を取り入れよう・・・。

 御家族・ご親族・ごく親しい友人のみのご葬儀が多くなる中、儀式としての読経が40~50分続くのはご列席の方々にとって時には苦行に感じることもあります。
 特に会葬者が少ない場合はお1人お一人が目立つので緊張の度合いも大きくなり、儀式としてつつがなく終わっただけの印象が強く、ともするとお別れの気持も削がれ気味になってしまいます。

 内輪のご葬儀だからこそ、最後のお別れをしっかりと心に留めておきたい方も多いのでは。

 先日、そんな思いにピッタリのご葬儀に出会いました。

 御家族・ご親族中心の家族葬に永年の友人もご参列され、引導を渡す読経の後、ご住職から少しお時間をいただき弔辞を読まれました。

 弔辞ではお身内の皆さんが知らないお仕事での活躍ぶりが披露され、ご列席の方々は大いに納得し、満足げなご様子でお別れが出来たようです。
 
 告別式の後、奥様が友人に「全部言っていただきましてありがとうございました。長生きしているとご縁が遠くなるのは寂しいです」とお礼をされている姿にはどこか毅然とした決意のようなものが感じられました。

 弔辞が読まれ、最後のお言葉を掛けてあげられた安堵感で皆様のお気持も和み、再び始められた後半の読経がより鮮明なものになっていきました。

暑いときに出てくる冷たいお茶は何ものにも代え難い

 葬儀ではデリケートな状況の中で、気配りや思いやりの心遣いが高度に要求されるます。葬儀社の行う業務は究極のサービス業とも言われる所以です。普段は気にならないようなことでも、状況が状況名だけに、担当者の対応いかんでご喪家側を苛立たせてしまうことにもなりかねません。

 火葬場で、葬儀社の人がご喪家とトラブルを起こしている姿をまれに見かけることがあります。火葬場の人の話では、だいたいトラブルを起こしている社は決まっているようです。

 トラブルとは逆に、葬儀社の担当者が見せる、小さな心遣いやサービスにも思わぬ感動があるようです。

 神社境内の耳を劈く様な蝉時雨の声と太陽が照りつける雲一つない炎天下、先程まで冷房がきいた室内にいたとは信じがたいほどの暑さに頭がくらくらしてきます。

 今年の東京の夏は、例年にも増して厳しい暑さに見舞われています。

 以前、お伺いした告別式では出棺をお見送りした会葬者に冷たいお茶のサービスがありました。

 控室にあてがわれた境内の客殿前には葬儀社の取り計らいでお茶のセルフサービスのセットが置かれ、皆さん思わず駆け寄りのどを潤していらっしゃいました。
 緊張し乾いた喉への一服の清涼剤はおもわぬ効果が発揮されたようです。最後のちょとしたサービスで葬儀に出席した印象もガラッと変わります。
 

ご葬儀はご親族の近況報告の場でもあるのです。

 東京から少し離れた地域の方からのご葬儀のご報告には、時として都会の人達が忘れがちになっている地縁血縁の絆が感じられます。

 先日茨城からいただいたお便りもその1つでした。
 故人様は茨城出身ですが東京在住の方でしたので、ご葬儀は都内の斎場で神道にのっとり、古式ゆかしく厳粛に執り行われました。

 ところがお便りをいただいたご喪家の方は、仏式のご焼香に当たる玉串奉奠の時、司会者の方がご親戚のお名前を仰らなかったので、茨城からご会葬にお見えになった方々が拍子抜けされたのではと心配されていらっしゃいました。
 ご当地ではごく普通に言われているので当然のこととして、打ち合わせの時に特に気を使うこともなかったのが悔やまれたご様子。
 ご親戚の方々のお名前をわざわざご家族ごとに「○○様御家族ご一同様」とお呼びするのは普段顔を合わせる機会が少ない方のためでもあるのです。
 血縁者が一同にお集まりになり、お名前を呼ぶことで「どこの誰か」かがよく分り、ある意味、各ご家庭の近況報告の場にもなっているようです。

 ご葬儀は悲しみの極みではありますが、ご親族の方々は普段気付きにくい自身の存在を再確認でき、新たなエネルギーを貰う場でもあるようです。
 ともすると、最近の傾向としてできるだけシンプルにシンプルにと流れがちですが、時折立ち止まり、以前からの風習にも耳を傾け、周りを見渡しつながりを大事することも必要かと思われます。

故人との最後の晩餐にふさわしいお食事とは・・・。

 ご葬儀後にセンターからお願いするアンケートではお褒めの言葉、時として苦言を呈する言葉等に交じり、このようにしてはどうかとさまざまなことでご提案を頂くことがあります。
 お感じになられたことを素直にお書きいただけるお言葉はセンターのスタッフにとっても貴重な資料になり、センターの検討材料にさせていただいております。  
 
 先日は家族葬に関する提案が寄せられました。
 担当した葬儀社のスタッフの気配りに感謝され、わざわざスタッフの名前を明記され、心からお礼を申し上げたいと大変感動されていらっしゃいましたが、その割には出されたお料理が一般的過ぎたようです。

 家族葬だからこそ、より故人との関わりが深く、故人を偲び、故人を囲んでの最後の晩餐会にふさわしいものにしたかった。
 通りいっぺんのお料理ではなく、故人との最後のお食事にふさわしいものをお出しすることが、家族葬でお送りする意味にもなるのではとのことでした。

 都会を中心に増えてきている家族葬を単に会葬者の多い少ないという問題ではなく、ご家族でお見送りされるというコンセプトを真正面から考慮する、大きなヒントがあるように思われました。

最期のお別れはいつものお顔でより美しく・・・。

 通夜やご葬儀に立会いで伺うと、式が始まる前ご会葬にお見えになられた方々が、ご喪家のご好意でご遺体とお1人ずつ最期のお別れをされ、いつもと変わらぬ姿にほっとされている姿をよく拝見いたします。
 きっとその方らしいお顔で旅立たれたのでしょう。
 私も知人の死に目には会えませんでしたが、ご自宅でのご対面をさせていただいた時、あまりにも穏やかな表情なので、一瞬目を開けて起き上がるのでは思ったほどでした。
 また、母の時もお化粧が肌に馴染んだ明るい表情に「生前の時より綺麗では」と思わず口走ってしまったことが思い出されます。
 
 病院でも死後の処置の一環とa化粧をされる方が出てきたとの報道を目にします。
 ご葬儀に対する意識の変化から、今後志望者が増えてくる分野ではないでしょうか。
 
 私だったら、どんな化粧をほどこしてもらいたいか。
 
 女性は特に一人ひとり長年独自の化粧法を持ってこだわっています。
 なるべく何時もどおりのメーキャップでいきたいが、家人はおそらくイメージでしか分らないでしょう。
 これもエンディングノートに書きとめておく必要があるようです。
 後はメーキャッパーの腕に託すというのはどうでしょうか。
 勿論ご家族のご協力も含めて。
 きっと残されたご家族も安心してお見送りすることができるのでは・・・。

ご葬儀は担当者の気配り、心配り、目配り如何によることを再認識

 先日、ご葬儀関係のセミナーに伺い、講師の方のお話に改めてご葬儀は担当者の気配り、心配り、目配りが大切であることを認識いたしました。
 ご葬儀ではご喪家やご親族以上に一般会葬者の方が冷静な目で一部始終を見ていらっしゃいますので、担当者のちょっとした気配り心配りに敏感に反応され、それが葬儀社全体の良し悪しに直接関わり、口コミで広がりますので、影響が大きいとのことでした。
 
 ご葬儀に立会っていますと、会葬にお見えになった方々がその場の空気を敏感に感じとられるのを常々実感しておりました。
 隅々まで気配りが行き届き、ゆったりした雰囲気の中で最後のお別れができるか、はたまた、終始段取りだけに終わり、いつの間にか気が付いたらお別れの時間になってしまった。同じようなご葬儀でも、担当者の采配ぶりで全く別物になってしまいます。
 
 ご喪家の立場になりますと故人を無事お見送りすることと同じ位お招きした方々に落ち度がなかったか、良いご葬儀だったと思っていただけたかが気がかりになります。
 それを支えるのは全面的にお任せしている葬儀社の担当者であり、任せられた担当者の技量にかかわってきます。
 そのためにも、葬儀社から見積りをお取りするだけでなく、できましたら担当者とじかにお話をし、お任せできる相手かどうかお決めになることをお勧めいたします。
 後々、後悔しないご葬儀のためにも是非・・・。

斎場選びには“清潔” の2文字が重要です。

 当センターの賛同社のホームページに気配りや心配りと同様に重要なこととして 、“清潔”の2文字が挙げられているのを見て、ほっと嬉しくなりました。

というのも、ご葬儀の立会いで各斎場に伺っているうちに、「清潔」であることが斎場の重要なポイントの一つであることを実感したからです。

 先日も、伺った斎場では和室のお清め所・控室とも思わずその場に暫し留まり一服お茶を頂きたくなるような趣がありました。
 日当たりが良く、繊細な細工が施されたお部屋というだけではないようです。
 担当の方は「バブルの頃に建てられたので贅沢に創られていますが、それに恥じずにお掃除は徹底してやっています。お蔭様でお客様にも大変好評です」とおっしゃっていました。

 以前、こぢんまりした年期の入った会館に伺った時も「何と言ってもここは清潔ですよ。ゴミ箱からトイレ、台所の隅々まで管理人さんの掃除が行き届いていて、気持がいいですよ」と開口一番、葬儀社のベテランの担当者から太鼓判を押されたこともありました。

 また、区指定の斎場ではお客様を見送った後、女性スタッフがエプロン姿になり一斉にお掃除に取り掛かり、「毎回ごとに徹底的にお掃除をしてきれいにしていることが、こちらの特徴です」と手を休めず笑顔で語っていたのが印象的でした。

 センターが行っているアンケートでもお掃除が行き届いている斎場、意に反して立派な建物なのに控室の隅のゴミが最後まで気になった斎場など、高い関心が寄せられています。気配りや心配りに通じます。

 「掃き清める」と言う言葉があるくらい、お掃除が隅々まで行き渡っているかどうかが大きな決め手になるようです。

 ご遺族にとってはかけがえのない方をお見送りする大切な場所です。

 斎場を見学される場合は予算や建物だけではなく“清潔”の2文字もお忘れないように・・・。

心に残ったご出棺は・・・。

 通常1時間の葬儀・告別式もそれぞれ事情で時間が押して最後は秒刻みになり、ともするとあわただしい中のご出棺に相成るケースが多々見受けられます。
 しかし、このご出棺こそが心に残るご葬儀になるか否かの決め手にもなるようです。
 静々と執り行われるご葬儀も最後の最後にクライマックスがもたらされ、ご会葬の方々の心にその余韻が長く残るからでしょうか。

 先日のご葬儀では、出棺に際し大学柔道部のかつての仲間が大勢集まり、円陣を組み部歌で送り出す姿は圧巻で、故人には最高のプレゼントになったのではないでしょうか。

 また、終わり良ければ全て良しということではありませんが、以前、通夜の席でもめ事があり、大方のご親族によるご葬儀ボイコットというハプニングがありました。
 しかし、出棺の際、長年苦楽を共にした仕事仲間が口々に「○○ちゃん、ありがとう、ありがとう」と叫ぶやいなや、今までの重い空気が一変し、和やかなお見送りができたことが思い出されます。

 ジャズ、越路吹雪のライブ盤と大音量の音楽を流し続けた無宗教葬では、ご出棺に際しての最後の曲は一転してクラシック歌手による「さとうきび畑」でした。
 静かに流れる歌声は仰ぎ見た真っ青な空に突き刺さり、心の中まで響き渡って胸に迫ってくるようです。
 「ざわわ ざわわ」のリフレインがいつまでも耳に響いていました。

手紙に託す故人への思いは格別です。

 告別式が無事終了し、最後のお別れの儀では柩に通常故人愛用のものが入れられますが、時として、特別かかわりのあった方からのお手紙も入れられます。
 とりわけこのお手紙の存在は格別なもので、故人の人生が浮き彫りにされ、列席された方々も万感胸に迫るものがあるようです。

 先日立会いに伺った現役サラリーマンの方のご葬儀では、小学生の次男のお手紙が故人の胸にそっと置かれました。
 「お父さんへ。2週間頑張ってくれて有難う。天国のおじいちゃんと仲良くね」
 お父さんとの約束、楽しかった思い出を語る坊やの声は、悲しみ以上に決意を表わしているようでした。

 また、3年ほど前のご葬儀になりますが、ご事情で数十年ぶりにお会いされた妹さんがお兄様宛てに書かれた手紙は妹さんの声と共に思い出されます。
 「あんちゃんらしく生きた人生でしたね。
 父も母も早く亡くなったのであんちゃんにぶらさがっていました。いつも心の支えはあんちゃんでした。
 やっと○○家の重圧から解放されましたね。一宮のお墓は弟の○○が守っていきます。あんちゃんは幸せ者でした。ありがとう。安らかに眠ってください」

 耳にピアスをした若者が喪主を務められたご葬儀では、故人の妹さんからの手紙が拝読されました。
 ご事情でご葬儀に間に合わない為、遠い沖縄の空の下で綴られた弔文はお兄様への思いと最後のお別れができないもどかしさであふれ、列席された方々は涙をぬぐう間もないほどでした。
 とりわけ泣きはらした喪主の姿が印象的でした。

柩を祭壇前に置くのはルール違反か・・・?

 仏式のご葬儀に立ち会って祭壇の前に柩が置かれているのをごく普通の光景のように捉えていましたが、柩は祭壇の後の高い位置に安置されるのが正式だそうです。

 しかし現実、斎場の祭壇スペースの問題や会葬者の方々が故人とのご対面を希望され、柩に近寄ってご面会し易いようにするために、祭壇の前に置かれるケースが多くなってきているのも事実です。

 以前ですと、ご自宅での葬儀・告別式が多く、ご面会はご家族・ご親族に限られ、すでに納棺の前にお会いされていて、後はご出棺前に最後のお別れをされるだけでしたので、最近のようなご対面のために気遣う必要なかったとお聞きしました。

 一方、斎場の祭壇両脇は供花が並び、祭壇後にご安置するスペースの確保も難しい状態では、前にご安置せざるをえない状況もあります。
 さらに、宗派を問わない生花祭壇の普及が輪を掛けているようにも思われます。
 別な見方をすれば、柩を生花祭壇の前に出して、むしろ、宗教色を薄め、故人を中心としたアットホームな雰囲気のご葬儀を希望されていく傾向が見受けられるようです。
 
 それでも祭壇の最上段に飾られたご本尊の前に柩を置くのは本末転倒ではないかと読経されるご住職から苦言を呈されそうですが・・・。