葬祭ディレクターとは

 「2時間ドラマの女王」と言えば、片平なぎささんですが、すべての民放局でシリーズ化された2時間ドラマの主役を務めたころからそう呼ばれているそうです。

 中でも、「赤い霊柩車シリーズ」は、1992年から20年続くシリーズです。今月28日と10月5日に2週連続で放送されて、作品数はこれまで最多だった「小京都ミステリー」に並ぶと言います。片平さんは京都の葬儀会社社長を演じ、毎回殺人事件に首を突っ込むわけですが、それでも会社がつぶれないのは、大村崑演じる秋山専務が会社を盛り立てているおかげでしょう。

 葬祭ディレクターという、それまで一般人にあまり知られていなかった名前を広く世間に知らしめたのも、このドラマの秋山専務の力によるところが大きいと思います。
 ときには相談者から「紹介された担当者の人は、葬祭ディレクターの資格を持っている人ですか?」という質問を受けることがあったりします。

 さて、葬祭ディレクターは、葬祭業界に働く人に必要な知識や技能のレベルを審査、認定するものです。
 1級葬祭ディレクターは「全ての葬儀における受注から会場設営、式典運営に至るまでの詳細な知識と技能」を、2級葬祭ディレクターは「個人葬における受注から会場設営、式典運営に至るまでの一般的な知識と技能」が求められます。
 受検資格も、1級は「葬祭実務経験5年以上、または2級合格後、2年以上の実務経験を有する者」で2級は「葬祭実務経験2年以上を有する者」なので、一定期間、葬祭業に従事していたという証明にもなります。

 なので、事前情報を何も得られなかったような状況で、葬儀社や担当者選びをしなければならない時に、よりましな判断をするための有力材料にしてもいいでしょう。

 事前準備ができるのであれば、次のことを理解しておくと、さらに良いでしょう。たとえば、1級葬祭ディレクターの人はみんな同じレベルで対応してくれるというわけではないということです。審査されるのは「知識や技能のレベル」なので、コミュニケーション能力や気遣い能力は、また別物です。満足度はこうした能力によるとことが大きいと思われるということです。

祖父母孝行

 17日の敬老の日を前に、今日は娘と一緒に実家の両親のところへ行ってきました。

 といっても、実家は近いので日常的に顔は出しているのですが。

 つい2年ほど前までは「敬老の日」というと少し顔をしかめていた両親でしたが、70歳を過ぎてやっと受け入れたようです。
 「孫の手」と言いながら、娘に背中をかいてもらう姿は本当におじいちゃんぽい。そして、おじいちゃんと握手をすると、その手には毎回500円玉が握られているので、娘にとってはお小遣い稼ぎにもなっているようです。

 私が子供のころ、おじいちゃんと握手したときに握らされたのはアオガエルだったのに…と、今は亡き、私のおじいちゃんのことを思い出しました。
 とても離れた所に住んでいたので、実際には恐らく数回しか会えなかったと思います。ただ、一度田舎に行くと、長期滞在していたので、よく遊んでもらったのは覚えています。うちの父と同じ「孫の手」ネタもありました。
 私が幼いころに亡くなってしまったので、祖父にとっては私が最初で最後の孫でした。もう少し長生きしてくれれば、そのあとに生まれた孫たちにも会えたのに…。
 
 私の両親にとって、うちの娘はたった一人の孫にあたります。元気な今のうちに、存分におじいちゃん、おばあちゃん孝行をしてもらいたいものです。

映画「おくりびと」が蒔いた種は・・・・。

映画「おくりびと」の滝田洋二郎監督が最近ラジオのインタビューで「おくりびと」の映画について、人は自分の最期を知ることはできないが、映画を観たきっかけで「最期を想像する人が増えたこと」をお話されていました。

 私が「おくりびと」を観たのは丁度4年前の9月のことでした。

 これまでタブー視されていたご葬儀に関することがこの映画を機に表舞台に引き出され、一般の関心も少しは高くなるのではと密かな期待を持って観ていましたが、翌年米アカデミー賞外国語映画賞に輝くや、予想をはるかに超え一気にブレイクし、その後流行語にまでなった顛末は皆様ご存知のとおりです。

 一時期、言葉が一人歩きしてしまう弊害はありますが、やがて沈静化され残った火種で次にバトンタッチされるように、最近ではご葬儀に関することが次第に日常的な会話の中でも語られるようになってきているようです。
 
 現状に伴い、葬儀社各社のホームページをご覧になる機会も、4年前に比べると格段に増えているようですが、各社それぞれのアピールぶりに何を基準に選べばよいか見れば見るほど混乱され、あげく当センターにご相談される方も数多くいらっしゃいます。

 センターではご要望を伺い、どのようなご葬儀をされたいのかを整理して、最もご希望にそえる葬儀社をご紹介し、まずは見積りをお取りしてご説明をいたしますが、お時間の許す方はできるだけ担当者と直接お会いされることをお勧めしております。

 と申しますのは、見積りの数字も大事ですが、それ以上に担当者のひととなりでいか様にも変化してしまうのがご葬儀の常で、メンタルな部分が非常に重要性をもっておりますので。

 立会いにお伺いして、最近のように少人数でのご葬儀が多い場合、それがさらに顕著に現れているようにも感じられます。

 ご葬儀というタブーに挑戦した「おくりびと」が蒔いた種はこの4年間で大きく成長しつつあり、これからはさらに花を咲かせるための的確な情報を伝えることが最重要課題となるようです。

霊柩車?

 子供がまだ小学生の低学年だった頃、よく荒川の土手に遊びに連れて行っていた時期がありました。
 そこの近くには火葬場併設の斎場があるので、火葬の時間が近くなると、数台の霊柩車が通ります。

 今ではあまり見なくなった宮型の霊柩車を初めて見た娘、「あの車はなんで派手なお神輿を乗せてるの?どこのお祭りに持っていくの?」と。
 たまたま一台ではなく、3台続けて通ったので、この先でお祭りをやるためにお神輿を運んでいるんだと思ったようです。

 あれは「霊柩車」だよと説明をすると、霊柩車とは何か?ということは知っていたので、「あんなにきれいな霊柩車があるんだ〜」と感心していました。

 最近では宮型の霊柩車が走っているのをあまり目にすることもなく、テレビのニュースなどで出棺の映像を見ても、ほとんどが洋型かバン型なので、子供の目にはとても珍しい車に映ったようです。
 
 宮型の霊柩車の利用が多い地域もあるそうですが、都内近郊では「目立ちすぎる」などの理由から、最近では利用する数も減っているようです。また、式場などでも宮型の霊柩車を禁止しているところもあります。

 私が子供の頃には、霊柩車と言ったら一目瞭然の「宮型」でした。
「霊柩車が走っているのを見たら親指を隠すんだよ」という意味のない迷信も、洋型やバン型では、他の車とあまり見分けがつかないので、今の子供たちに言っても「???」なことのようです。

結婚式とお葬式

 今週末、久しぶりに会う友人と食事をする予定だったのですが、今日、キャンセルの連絡がきました。
 お世話になった方が急逝され、土曜日がお通夜になってしまったとのことでした。私たちの予定はたかがお食事。一生懸命謝ってくれる友人に、お世話になった方なら、最後にきちんとお礼言っておかなきゃだめだよと伝え、友人とのお食事はまた次の機会に持ち越しになりました。

 お葬式は予定を立てられることではないだけに、急な連絡で予定を返上してご会葬に駆けつける方も少なくないと思います。

 私の結婚式の時にも、招待させていただいていた先輩ご夫婦が身内の方のお葬式と日程が重なってしまい、結婚式の前日にやむを得ずキャンセルの連絡がきたということがありました。式の当日にご挨拶だけでもと思い、お宅に伺ったのですが、ご主人は「白いネクタイの方が気分良くしめられるんだけどね」と。また、奥様は「せっかくドレス買ったのに。もう一回結婚式やらない?」など、私たちに気を使ってお話しをしてくださいました。

 まさに冠婚・葬祭。

 まだ、私がお葬式のことを何も知らなかった頃だったので、もし、これが自分達、新郎・新婦の親戚関係の方の不幸と重なってしまったらどうなるのだろう…と、漠然と考えて、結局その時には答えが出せなかったことを思い出しました。
 
 ご葬儀に係る仕事に就いて、改めて考えると、気持ちは複雑なことでしょうけれど、結婚式もお葬式も親族一同が集まる大切なセレモニーなので、事情が許すのならば、やはりお葬式の日程をずらして対応することをお勧めするのかな…と思いました。

誕生と死

 いきなり私事で恐縮ですが、先日実家の弟から姪が無事男の子を出産したとの電話がありました。

 待ちに待った初孫の誕生に、当人夫婦以上の興奮ぶりが電話口からこちらにまで伝染し、早くもとびきりかわいいベビー服を贈ろうか、いや誕生間際からの写真を撮りまくろうかとお祝いの品定めに頭を悩ませている最中です。

 折りしも、誕生日となった9月1日は防災の日でもあり、全国各地で防災訓練が東日本大震災の切実感を持って執り行われた様子が報じられていました。
 大震災では多くの方が犠牲になり、尊い命が亡くなった一方で、新たな命が誕生するシーンを思い出し、改めて「いのち」の不思議さを実感させられた1日となりました。

 また、仕事柄、いのちの強さ、はかなさが浮彫りにされるご様子を耳にする機会もたびたびで、そのつど、一喜一憂させられるご家族のお気持ちを察すると本当に切ないものです。
 
 最近でも事前相談を受けた時点では、まだ少し先の話ですがとのことでしたが、センターの賛同社に見積りを依頼した直後に急変されたという方がたて続けに出ました。
 一方で昨年5月に最初のご相談を受け、そのままになっていましたが、今年に入って、「心配しておりましたが元気を取り戻していますのでしばらくはペンディングとさせてください」というお便りを頂き、この8月永眠された方もいらっしゃいました。

 仕事では常に死という言葉と向かい合っている中で、今年は姪の男の子誕生を機に「いのち」について改めて考えさせられた夏でした。

お墓参り

 先日、ずっと気になっていたお墓の引越しのことを両親に話してみました。
 反対されるかなと思っていたのですが、両親とも近いところに引越しをしたいと、私と同じことを考えていたようです。
 
 車で2時間。実家では運転できるのは父だけ。御彼岸やお盆は渋滞に巻き込まれるため、余計に遠く感じます。高齢のため、さすがにマメにお参りに行くことも難しくなってきたそうで、今年のお盆はお参りに行けなかったと言っていました。

 少し離れていても、せめて沿線内でもっと気軽に行けるところに引越しをしたいと思っていたらしく、霊園管理事務所から外柵の補修をしたほうがいいと言われているのをずっと拒んでいるんだそうです。

 調べてみれば、近隣にも霊園があちらこちらにあり、まだ、具体的に話を進める段階ではありませんが、見学に行ってみるのもいいかもなと思い始めました。
 
 実家では、私たち姉妹が最後で、基本的にはお墓を継ぐ人がいません。今は私の娘がみていくと頼もしいことを言ってくれていますが、将来はどうなるかわかりません。こればっかりは押しつけることもできませんし…。

 今のお墓が比較的自由のきく霊園にあることは幸いだったのかもしれません。両親が健在のうちに、引越しができればいいなと思っています。

あと一週間。

 8月も残すところあと一週間になりました。
 子供さんたちは宿題をかたずけるラストスパートに入っている頃でしょうか。我が家でも、一人、宿題に追われている人がいます。
 毎年、夏休みに入ったばかりの頃に「今回の宿題は7月中に全部終わらせて残りの休みは心おきなく遊びまくる」と言うのですが、実現したことは一度もなく…。
 数十年前、同じことを言っていた自分に思い切り重なるのですが、自分のことは高い棚の上にあげて娘に発破をかけています。

 子供が小さかった頃、田舎がなく、帰省という手段がない我が家はどこかへ連れて行ってあげなくてはと、混んでいる中、あちらこちらと遊びに連れていったりするのが大変でしたが、大きくなった今は、勝手に遊びに行ってくれるので、かなり楽になりました。長期の休みも、イライラすることなく過ごせています。
 ただ、楽になった分、少し寂しい気もしますが…。

 今年の夏は、オリンピックも高校野球も気が付いたら終わっていたという感じで、さらっと終わりそうな気がします。

 夏休みもあと一週間しかないので、たまには公園で花火でも…
 子供を誘ってもフラれてしまいそうですが…。

チャリティ公演に参加して・・・。

 お盆休みも明けて、再び都会は朝のラッシュが戻って参りました。
 皆様はお休みをどのように過ごされましたか。

 当方は昨年、今年と少し仕事を離れ、知人が事務局を担当しているチャリティ公演の手伝いに忙殺される羽目になってしまいました。

 昨年、3月11日の東日本大震災から早くも1年半近くになろうとしています。
 ボランティア活動が盛んなヨーロッパでは、日本を応援しようとフランスを中心に震災から2週間ほどでアーチスト達が立ち上がり、チャリティコンサートが各地で催され、参加した日本人ダンサー達は大いに触発されたようです。

 次は日本で実行しようと世界各地で活躍されているダンサーに呼びかけ、昨年のお盆には東京で、暮れには被災地福島での無料招待公演を開催し、今年の夏は東京と横浜での開催にまで漕ぎ着けました。

 自分たちの出来ることで応援したいという出演者を始めスタッフの熱意が伝わり、フィナーレでは観客から大声援を浴び、通常の公演には見られないような盛り上がりを見せ、来年・再来年へと続く活動を新たに誓いあった2日間でした。

 公演終了後の打ち上げは参加された皆様へのささやかな宴となり、「世界狭し」とばかりに各地で活躍されている皆様の情報交換の場となり、それに伴う悩みの相談窓口の様相も呈していました。

 翌日1通のメールをいただきました。
 出演されたベルリン在住のダンサーの方からでした。
 「お話させていただいて、自分の中で躊躇していたところを背中を押していただけた感じがして気持ちが楽になりました。来週ベルリンに戻ってまた改めて頑張りたいと思います」と記され、ほっとすると同時にうれしくも気恥ずかしい気持ちが先立つ始末です。
 若い人達の前でいつの間にか先輩面をしていたようで、亡くなった先輩によく言われたことを、今度は私がいつの間にかお話ししていたようです。

 先輩! お盆のお墓参りをうっかりしていました。
 遅くなりましたがこれから伺いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

お布施の目安表示の賛否

 まだまだ暑い日が続いています。少し歩いただけでも汗が噴き出してきます。先日、最寄駅から徒歩30分ぐらいのところにある葬儀社さんお邪魔したときのことです。前回とは違うルートからだったので片手に地図を持って、雨も少し降っていたので傘をさして行きましたが、到着した時には汗まみれ状態でした。(見苦しくてスミマセンでした)
「このタオルを使ってください」
 自分のタオルもビショビショなので、助かります。
 タオルを見ると、ある僧侶紹介所の販促タオルです。そういえば、先週にも同じタオルにお目にかかった。その時も葬儀社さんに到着した時には汗が噴き出していた状況も同じですが・・・。葬儀社紹介業も新規参入が多く競争が激しいですが、僧侶紹介業も同じように激しい感じがします。

 さておき、2年ほど前、大手スーパーの寺院紹介事業で、仏教界から反発があって、ホームページにお布施の費用目安を載せるのをやめたということがありました。タオルのところはどうかと思って、ホームページをチェックしたら、お布施の料金が書かれていました。

「布施は言われて出すものではなく、出す人が額などを決めるもので極めて宗教的な行為。価格を決めて商品のように扱うのはいかがなものか」(全日本仏教会の戸松義晴事務総長)のも頷けます。
 一方、菩提寺や信仰がなく、とりあえず一般的に仏式の葬儀にする、という消費者からすれば、お布施の目安が明示してあるのはありがたい。当センターにも相談の流れのなかで、お布施の質問が少なからずあるのでよくわかります。

 われわれにとっても、これらの動向を見ながら、葬儀社さんと一緒に考えていきたいテーマでもあります。