見積もりだけではわからないことがあります

 ご葬儀に立会い、葬儀社の担当者の采配ぶりを拝見していると、思わず「さすが」と感心させられることしばしばです。
約1時間の葬儀・告別式の進行そのものは特別な事がない限り目立った違いはないはずですが、同じ演目の芝居やオーケストラが演出家や指揮者によって違ったものになるように、担当者によってご葬儀の中身や雰囲気がガラッと変わってきてしまいます。
 黒子に徹し、常に一歩下がってサポートする方、また二人三脚でご一緒に考えましょうと言う方、半歩前から色々アドバイスされる方、それぞれの担当者の持ち味を活かしたやり方でご喪家と接しているようです。
 細やかな気配り、和やかな雰囲気づくり、臨機応変な対応ときますとベテランの方に一日の長となりますが、若手の担当者にはフットワークがよく、依頼者の意図をうまく汲み取ってくれ、コミュニケーションも取りやすかったというアンケートも頂いております。
 また、思いもかけなかった突然の出来事に遺族だけでは思慮しきれない部分の助言や導きがあり、大変助かりましたというお言葉も頂いております。
 よりご満足のいくご葬儀を希望されるならば、見積りの高い安いだけでは分らないソフトの面も合わせてご確認いただきたいと思います。
 その為にも、出来ましたら担当者に会って具体的なお話を伺ってみることも大切です。担当者の人となりを知る上でも・・・。

ご自身の事前相談は映画『エンディングノート」を参考に・・・?

 夏の終り頃、立て続けに60代の方々のご葬儀に立ち会いました。

 これから第二の人生設計をあれこれと思い描いていた矢先に、突然潰されてしまった無念さを思うと、お悔やみの言葉もなかなか見つかりません。

 そんな中、タイトルに惹かれて観た映画「エンディングノート」は、69歳の若さで亡くなられた、かつて熱血営業マンの半年間のドキュメントでした。

 映画は末期癌を告知された父親が家族に残すエンディングノートとして、ご自身の最期までを克明に綴り、それを監督である娘さんが、冷静にかつ絶妙な距離感を持ちながら撮影を進めていました。
 この距離感に私もいつの間にか見ず知らずのご家庭の仲間入りをし、時に口をほころばせ、時に涙で頬をぬらしながらも、ご葬儀のアドバイザーとして大いに頷きながら見入っていました。

 モーレツサラリーマン時代をそのまま続行して、全て段取りをしなくては気がすまない主人公はご自身のご葬儀の準備を始めます。

 ご実家は代々仏式でしたが、宗派を問わないお墓を確認して、キリスト教葬を選びます。
 選んだ理由は式場の雰囲気がよく、ご自宅から近く、リーズナブルであることをあげ、近親者のみで執り行うことを明記し、ご会葬いただきたい方のリストをコピーにまでとって息子さんに最後の段取り確認まで、準備万端整えました。
 94歳になるお母様に携帯電話で最後のお別れをし、洗礼を受けます。

 ラストシーン、ご遺体は見慣れた町をゆっくりと後にし、一路火葬場へと向います。

 昼下がりの映画館は老若男女で埋まり、若いカップルも多く見受けられました。
 ご葬儀の事前相談をご希望の方は是非ご覧下さい。お勧めいたします。

休日のお出かけ

 久しぶりに、明治神宮へ行ってきました。
 ここ数年は1年に5〜6回行っていたのですが、もう10月も終わりだというのに、今年はまだ2回目敷地内に足を踏み入れたとたんに変わる、なんともいえない清清しい空気は病みつきになります。
 久しぶりに気持ちのいい空気をたっぷりいただいてきました。
 ちょうど七五三の時期と重なり、きれいな着物を着たかわいい子供さんをよく見かけました。
 歩きにくい砂利道を、なれない草履で一生懸命、チョコチョコ歩いている姿はなんともいえないくらい可愛かったです それと、必ずと言っていいほど遭遇する結婚式。 白無垢に包まれたお嫁さんはとてもきれいです。 お幸せに.

 そして、今回は久しぶりに清正井にも行ってきました。少し前はテレビで放送された影響か、整理券を配っていたくらい混雑していたのですが、最近は少し落ち着いたのでしょうか。お昼頃に行ったのですが、すんなり中に入ることができました。
 天気も良く、お散歩をするのには最適な気候。 娘と二人で、周りの木々の写真を撮りながらゆっくり歩き、久しぶりにとてもいい時間をすごしました。

その後は本殿で参拝をし、外に出てお買い物です。
土曜日だったので、竹下通りはものすごい数の人・人・人。それもまた、なんだか楽しいのですが夕方、竹下通りから駅を見ると、きれいな夕焼けの空が…。
とても疲れましたが、楽しい一日を過ごすことができました

思い出コーナー

 ご喪家のご要望で生前故人が愛用したものや趣味の作品、家族との思い出の写真を式場のコーナーに飾り、葬儀に出席していただいた友人知人に見ていただくことがよくございます。

 通夜や葬儀の始まる前、悲しみの中にもそのコーナーの周りはおしゃべりと時には笑い声さえ聞えます 生前、なかなかお会いできなかった故人との思い出が、1枚の写真を巡ってよみがえって来るようです.
 1枚1枚の写真はごく普通の家族のスナップ写真であっても、その時代に関わった友人にとって貴重な最後の1枚になります。

コーナーの作成は葬儀社のほうで全てやる場合と、ご家族の皆様に手伝ってもらい、少しでも自分達の葬儀である実感を味わっていただくやり方があります。

 思い出コーナーは普段なかなかお会いできないご親族や会葬者との会話のきっかけにもなるようです。

ご遺族と担当者の信頼関係と安心感

 都会の核家族化と言われ30年余り、その代表選手の団塊世代からのご相談が多い昨今ですが、地方の風習に則った葬儀ではない葬儀をどうやれば良いのか分からず戸惑う人達が増えてきているのが現状です。

 年取ったご両親を引き取りお見送りする段になって初めて気がつくという具合のようです。
 葬儀社任せになり、うっかりすると「葬儀とはこういうものだ」と押し付けられてしまうことも無くはありません。

 本来、ご家族を考え、地域性を考慮したり、故人の性格やもろもろのことを考慮したうえで、こんな形がありますよと提案したり、説明しながらやっていかなければならないことだと考えます。
 担当者はご遺族から、早い時期に信頼を得ることが大切ですし、特に納棺前までに適切なアドバイスをしてご遺族に安心感を与えることは大事なことだと思います。

 こうしなければいけませんではなく、この場合はこうした方がいいですよとアドバイスし、ご遺族の要望は出来る限り聞くことで信頼感が生まれるのだと思います。
 また、菩提寺がある場合は菩提寺の考えを優先し、まずお伺いを立て、菩提寺の日程を伺ってから葬儀の日程を決める気配りは大切です。

 担当者は前に立って色々と仕切りますが、主役はあくまでご遺族です。

通過儀礼としての葬儀

 先日、久方ぶりにお会いした都内の葬儀社さんと情報交換をしたときのことです。おおむね次のようなことをお話されていました。

――――― 最近、都心での葬儀事情は異常なものがあります。直葬が増え、2〜3年前は3〜4割が直葬と言われていました。しかし今年のこと、ある業者は7割が直葬と言っています。それにともなって、通常の葬儀は少なくなっています。
 直葬は「直葬専門業者」が台頭。相当数をこなしています。ただし、一人で一日数件の直葬を掛け持ちしていますので、施行が荒くなったり、一つの火葬場に集中させたりして、中には問題もあるところもあるという声を聴きます。なんだか業界の質も低下してゆくような懸念をもっています。
 直葬が流行る背景には「宗教離れ」「道徳心崩壊」というものがあるように思います。この前、千葉の僧侶から連絡があり、講演の依頼がありました。趣旨は、直葬の急増に仏教界も危機感を覚えたこと、そして、「直葬では問題があり、後悔している人の話し等を聞かせて下さい・・・僧侶を集めて聞かせます」ということでした。危機感はどんどん広がっています。 ――――――

 誰にとって危機なのか? いま通常の葬儀がメインのところは危機感を持たざるを得ないでしょう。お寺さんにとっても活動の場が狭まるので危機。当センターにとっても直葬の相談はあまりないので今のままでは危機。反面、直葬専門業者にとっては追い風です。個人にとって直葬(の増加)は危機か? (問い自体にあまり意味がない??)
 
 社会にとってはどうでしょう。
 人間社会の長い営みの中から生まれてきた、いわば歴史の知恵と言ってもよい通過儀礼という視点からしますと、危機と言えなくもありません。

参列者の導線

 「会葬者を如何にスムースに誘導できるか」葬儀担当者が式を進行する中で最も気を使う中の一つです。 縁の下の力持ちのようなことですが、これがうまくいくかどうかで式の印象も大きく変わってしまいます。
 一定の時間内にご焼香を終え、しかも参列者の皆様に余分な気を使わせず満足してもらう為には細心の注意が必要です。
 特に民営の斎場は広さもまちまちで、色々な制約もあります。その中で如何に効率よく、会葬者同士ぶつからない様に流れをつくるか腕の見せ所です。
 斎場の特徴をそれぞれ把握して増減する人数に照らし合わせて臨機応変に対応する。
 テントで受付を済ませた会葬者を季節によりどこに並んでいただき、ご焼香台をどこに置き、ご焼香を終えた方をどちらにご案内するか気を配り、遅れていらっしゃった方最後のお一人にまで気が抜けません。  たとえば、広いロビーのある斎場での告別式の場合は半円を描くように携帯品預かり所、各方面受付からご焼香台へ、ご焼香が済んだ方の先は返礼品受け渡しの係りが待機するという流れをつくり、式場に直接出入りする方と交わらないように工夫されていました。
 また、500名規模の会葬者の場合は一般記帳では間に合わなくなるため、カードに記入していただき名刺と一緒に出していただいたり、通夜のお清め所を一般会葬者用とご親族用を分け、ご親族を待たせることなくお清めができるようにされていました。
 
 ロビーがない式場でも軒下を利用して並んでいただき、ご焼香を済ませた方は脇の出入り口から2階のお清め所に行かれるような流れをつくることもできるようです。
 同じ式場を使っても、会葬者の人数によって導線を変更するなど、 担当者の采配ぶりが注目されるところです。

火葬場での直葬の方法もいろいろ

 8年ほど前のセンター設立当初のころは、葬儀・告別式をせずに直葬(火葬のみ)というのはまれで、何か特別な事情でもおありになるのかと一瞬でも伺う方にもためらいがありましたが、最近では相談に乗る機会がかなり頻繁になってきました。
 経済的理由だけでなく、故人の意思を尊重する形も増えてきているかもしれません。状況が以前とはかなり様変わりをしてきたようにも思われます。
 
 先日のご相談では、病院での長患いのため、1度ご自宅に帰り、翌日火葬にしたいとのご遺族の要望でした。
 久しぶりにご自宅にお帰りになった夜は、故人を囲みご家族皆さんで積もる話をされ、1晩ゆっくりなさったようです。
 翌日午後火葬場には遠方からのご親戚も集まり、告別ホールでの短い読経で最後のお別れをした後、ご遺体は火葬へと移されました。
 
 直葬の場合は最後のお別れの読経も告別ホールあるいは火葬炉前と火葬場により違ってきます。
 読経時間も5分以内から20分位までできるところもあります。大方は告別ホールで最後になりますが、お花入れや読経を火葬炉前で行うことができるところもあります。

高校の学園祭

 日差しが強く、少し暑いくらいだった今日、子供と一緒にとある高校の文化祭に行ってきました。
 学生たちが日ごろ頑張った成果の発表会。
 模擬店や、作品の展示、演劇部や軽音楽部のライブ、校庭では女子がダンスをやっていました。
 中でも私の目を引いたのが、コンピューターグラフィックの授業で作った作品が展示されていた教室。  イラストレーターやフォトショップを使って作ったデザイン名刺やポスターなどが沢山展示されていました。
 それぞれみんな個性的で、素敵な作品ばかり。
 すごいなぁと関心し、それと同時に自分の中に若干の危機感が。
 今や、高校の授業でグラフィック系のソフトを学習する時代なんですね。
 今までは一部の専門分野の人しかやらなかったようなことが、どんどん若年化し、一般に普及し、誰でもできるようになる。
 ますます「もう、新しいことについていけない」などと言っていられなくなってきたなと実感しました。 今日もらった若いパワーを活かさないともったいない!と実感した一日でした。

安心してお任せできる担当者

 ご葬儀は慶びごととは異なり、心の準備もないままに突然迎えたり、平常心ではない精神状態で臨むため、はじめは金額や式場、祭壇などの目に見えるものばかりに関心がいってしまいがちですが、終わってみると、担当者の采配ぶりがいかに重要おわかりになるようです。
 そのため、一人の担当者が責任を持って最初から最後まで丁寧に面倒どうを見ることが大切な要素になります。

 ご喪家と担当者の相性もありますが、ベテランともなれば、そこはプロです。
 最初の打ち合わせでご喪家は何を望んでいるのかをいち早くキャッチし、それと同時にご喪家の方に「この人に任せて大丈夫だ」という安心感を持っていただくことが最初の鍵になるようです。
 初めてお会いした方に、如何に早くなつき、なついてもらうことが大切。
 相手の方がこっちに入っていいよと受け入れてくれれば、相手も色々と聞きやすくなるので、その時間を如何に詰めるかに掛かっているそうです。
 打ち合わせでは、色々な話をしますが、写真を預かったり、色紙を書いてもらったり、色々な話をしていると、おおよその生前の人となりがわかってくるそうです。
 安心して任せられる担当者に出会うことは葬儀を執り行う中で最も重要なことだと思います。