最期のお看取りとご葬儀が「幸せな思い出」になれるには・・・・。

「父を看取ることだけに気持ちを集中することが出来ましたので、ご相談させていただいてよかったと思います。」
 こんな文面をみると相談者冥利に尽きる思いです。

 ご相談者は、どなたも不安を抱え込んでいらっしゃいます。
 その不安も漠然としたものから、ご自分で整理され、疑問な箇所をお尋ねされる方まで様々です。
 まずは不安材料を出来るだけ取り除く作業から始まります。
 次に状況をお伺いし、ご要望を伺い、万が一の時の対処の仕方をお話し、ご葬儀の準備へと入っていきます。
 大まかなところで、場所、規模、予算、内容、日程などが決まってくれば、大よその準備が整ってきます。
 どこから手をつけてよいのか見当がつかないといわれた方も、お話を整理していく内にご自分のお気持ちも次第にはっきりされてくるようです。
 待ったなしの進行状況に振り回され、不安材料を抱え込んだままのご葬儀で疲労困ぱいになって後から後悔されないためにも、前もってご相談いただければ当センターのスタッフも出来る限りの対応をさせていただきます。
 不安材料を取り除くことで、お気持ちも楽になり、少しでも最期を悔いなくお見送りできるような手助けを目標に頑張っております。

 前出の方は心ゆくまでお父様の介護をされ、最期を看取り、その後のご葬儀までも「幸せな思い出」となっていらっしゃることに気付かれたとのことでした。
 その思い出に繋がる第1歩は、当スタッフが与えた安心感だそうです。

お正月

明けましておめでとうございます。

お正月は一日だけ実家に帰省し、家族で過ごしました。
私の母親は一昨年に脳内出血で倒れ、右半身麻痺の体となってしまいました。
あれからそろそろ二年が経とうとしています。

右半身の麻痺は変わっていないようですが、体は随分と動くようになりました。
久しぶりに帰省した私に見せてくれたものは、右手で書いた自分の名前でした。
去年の今頃は、右手で文字を書けなかったのに、ここまで書けるようになっていたので驚きました。
リハビリと本人のやる気で、日が重なるごとに回復している母親を見ていると、
自分はもっともっと努力しなければいけないなと感じさせられます。

今年もよろしくお願いいたします。

10月18日に掲載した「産経新聞」の記事

あさがお葬儀社紹介センターのブログをご閲覧頂き、ありがとうございます。

10月18日付のブログ記事でご紹介しました、産経新聞に掲載された記事を当ホームページ上で公開しております。
産経新聞ゆうゆうライフ内ライフプラン特集記事

記事はこちらになります。

ぜひ一度、ご覧下さい。

あさがお葬儀社紹介センターのホームページはこちらです。

マスコミ報道よりも直に話を聞くことで実感する「自身の最期」

 先日、マンション管理組合の役員の方からお電話をいただきました。
 「葬儀に関する一般的なことから、注意点、金額に関すること、葬儀後のことなどについて講演し、質疑応答してもらえないか」というご相談でした。
 
 マンションの住民の方々も高齢化が進む中、最近では新聞、テレビ、ラジオ等でご葬儀に関する情報が頻繁に報道され、関心が高まってきていますが、それでは実際にことを運ぼうとした時、どこからどうやって手を付けてよいのか迷っている方が多いのが現状のようです。
 ご自分の最期をどのようにしたいかを、ご自分の生き方、生活環境に合わせて、ご自分で決める。その手助けになる話も聞かせてほしい。
 そんな声も聞こえてきます。
 中高年の集まる場所では、こんな講演会が今後益々増えてきそうな気配です。
 考えを実行に移すように背中を押してもらうのには、マスコミ報道よりも、生の声を聞くのが一番のようです。

「故人を語る会」で白い石を握り締めた人は、心の内を話さずにはいられない。

 今年5月、1人の舞踊家が急逝されました。
 昨年10月の公演が最後の舞台になってしまいましたが、2時間近くの独舞というハードな公演にもかかわらず、周りの人にも病気とは感じさせなかったようです。
  
 ご葬儀は本人の意向から家族・親族のみで行なわれ、夏には度々公演に使っていた小劇場で舞踊仲間の偲ぶ会が催され、半年後の11月末には「舞踊家を語る会」が関係者の間で執り行われました。
 会場は故人も度々使用された、呼びかけ人の稽古場でした。
 最後の作品のビデオが流れ、壁という壁は舞台写真や各国の舞台を共にした仲間からのメッセージで埋め尽くされていました。
 車座に並べられた座布団の中央には白い石が大小2個ほど置かれています。
 
 お会いする度に所望されていた、70年代に創った2冊の本を、奥様に手渡すことができ、長年の胸のつかえが下りた思いで、開式を待ちました。

 今日は大いに語りましょうという呼びかけ人の挨拶を皮切りに、奥様のご挨拶が続きます。
 最後の舞台を終えた直後の異変から余命3ヶ月の末期がんと宣告され、それでも闘病生活の中、次回作はと筆を執りノートに向っていらしたこと。
 
 呼びかけ人のお話が続きます。
 話す人は白い石を持って語り、次の人にバトンタッチします。
 石は次の人への魂の橋渡しの意味合いが込められています。
 ビデオを見ながら作品の思い出、アジア各地の方々とのコラボレイションetc.

 パーティー形式の食事会の後は出席者全員の語らいに移りました。
 石を握り締め絶句される方、笑いながら泣き出す方、故人との関わりが深くそれぞれのエピソードを語りながら話はつきません。
 色々な角度からのお話を伺っていると、今更ながらに彼の作品の意図が頷けます。
 
 白いお骨を彷彿させる石を持った人は一様に、心の内を話さずにはいられないようでした。
 

伝説的コピーライターが書いた名著

 ここ2週間ほど時間のある時に、「ザ・コピーライティング」(ジョン・ケープルズ著、ダイヤモンド社、3200円)という本を読んでいました。
 書名からして広告関係の人が多く読まれるのでしょうが、広告関係の人だけに読ませておくのはもったいないような本です。

 インターネットが普及し、誰でもほとんど無料で情報発信できる環境にある現在、不特定多数の人に向けて言葉を発する機会のある人には、参考になる事例が山のように詰まっている本です。言葉の持つ力を改めて知ることができます。

 現在オグルヴィ&メイザーとして知られる国際的大手広告会社をつくった、デイヴィッド・オグルヴィをして、「この本は間違いなく、いままでで一番役に立つ広告の本である」と言わしめました。

 ケープルズは、「私がピアノの前に座るとみんなが笑いました。でも弾き始めると――!」の名コピーを考え出した人です。今から80年ほど前、音楽学校の通信講座のコピーとしてです。

 ただ、名コピーを生み出す能力もさることながら、ケープルズの本当のすごさは、オグルヴィの次の言葉がよく表しています。
 オグルヴィは、「成功(最大限の費用対効果)へのカギは、広告のあらゆる要素を絶えずテストすることにある。」を、ケープルズから学んだこととして一番先に挙げています。

 要するに、例えばどのコピーがいいのかは実際にマーケットにきいてみて、その結果だけを重んじるという一貫した姿勢です。テストを繰り返して効果を検証するという手法です。(もちろんマーケットにきくべき材料は用意しないといけませんが)

 どの業界でもそうでしょうが、競争の激しさや不況のせいなどと言い訳をしてみたところで、事業が継続・成長できないのは、マーケットに支持されないという厳然とした事実と重なって思えました。

西伊豆「黄金崎」

あさがお葬儀社紹介センターのブログをご閲覧いただきまして、ありがとうございます。

先日、西伊豆に住む友人からお誘いをいただき、周遊してきました。
この日は天候に恵まれまして、日中は半袖でも過ごせ、普段デスクワークばかりの自分にはとても良い気分転換になりました。

いろいろと観光名所といわれる場所を紹介してくれて、その中でも
「黄金崎」の景色には圧倒されました。
火山流が海になだれ込んでできたものらしく、陽射しがあたると岩肌が黄褐色に輝きます。舗装された林道もあり、散歩しながら写真を数枚撮りました。

伊豆の観光というと東伊豆を浮かべますが、西伊豆もいろいろとあるのだなと。
仕事は大事だけど、たまには生き抜きも大切だよと、誘ってくれた友人に感謝した一日でした。

インド・ガンジス川の写真集を見て、ふと最近のご葬儀を考える・・・。

 儀式としての葬儀、告別式が予定通り無事滞りなく終了しました。
 柩に祭壇のお花を手向け、親族の方々の手を添えて蓋を静かにそっと閉じると柩の小窓が開けられます。
 喪主、ご家族の方々の最後のお別れです。
 凝視した視線のかすかな動きを見て取り、担当者は「よろしいですか」と声を掛けます。
 喪主のうなずきを合図に小窓が閉じられ、お別れとなります。
 時間にしてほんの数秒間が永遠の空白の様に感じられ、時は息詰まる瞬間を刻みます。
 
 今、1冊の写真集を手元に眺めながら書いています。
 「バラモンとジャンタ」1971年に出した友人の写真集です。タイトルからも推測されるように60年代後半肌で感じたインドを撮り捲った作品の数々です。
 ガンジス川で顔と手だけ出して合掌している姿、朝の光の中で沐浴する若者達、洗濯をしている少女達、炎に包まれた死体、その隣で死んだ赤ちゃんが重しを付けられ今まさに川に放り投げこまれようとする瞬間のショット、全てが混然一体となって一つの世界を創っているようです。これらはガンジス川の朝の一こまです。
 友人は戸惑いながらも何か大きな力を感じ「何処でどのような葬式をしようが、死者を神のもとへ返す。これが貴重な行為ではないか」と記しています。

 最近のご葬儀は家庭から式場に移ることで、より儀式的になり、デリケートになり、時間に管理されてきて、存在感が希薄になってきたように思われます。
 あらゆるものを包み込むインドの写真集を見るたびに、もっと根源的なおおらかさが生かされる葬儀もあってもいいのではと考えさせられます。

死に際の「オフィーリア」を観る不思議・・・・。

 黒山の人の列は先ほどから止まったままで皆さん1点を凝視しています。
 その視線の先には今まさに川面から沈んで行こうとしている少女がいます。
 でも助けようとしている人は誰もいません。
 助けるどころか皆さん腕を組み息を殺して見入っています。
 少女の名は「オフィーリア」。そうです、かの有名なイギリスの劇作家シェイクスピアのハムレットに出てくる悲劇のヒロインです。
 オフィーリアの命が亡くなる寸前を描いたのはイギリスを代表する画家、ジョン・エヴァレット・ミレイ。その回顧展が渋谷にありますBUNKAMURA・ザ・ミュージアムで開催中でしたので覗いてみました。
 最初にこの少女に出会ったのは20年ほど前の友人のスクラップ帳の中でした。
 スクラップされていた朝日新聞の絵画紹介記事の中でも鮮やかと緻密な描写力が群を抜いて観ていると画面に吸い込まれそうな錯覚をおこさせるほどでした。

 写真以上にリアルに描かれたうつろな表情の少女と両岸の植物の鮮やかさが異様なコントラストを見せ臨場感漂わせ、物語をさらに能弁に語らせているようでした。
 花環を小川の柳の垂れ下がった枝に掛けようとした時、枝が折れ花環もろとも川の中へ。すでに狂気の世界に心奪われていた少女にとってこの瞬間に何を思ったのだろうか。
 王妃ガートルードが語る死の場面
 「裳裾が広く広がって丁度人魚のようになって、しばらくは水面に浮かせておりました。やがて衣裳は水を含んで重くなり、楽しく歌うあのかわいそうなお人を川底の死の泥の中へ引きずり込んでしまいました」。(大山俊一訳)
 
 少女はすでに小川という柩の中に収まっているようにも感じられ、小川に浮かんでいるお花は、柩の中に手向けられた最後のお花のようにも見られます。
 黒山の人垣の後ろから、おもわずそっと手を合わせていました。
 

 

産経新聞で掲載されました。

産経新聞に、ゆうゆうライフという企画面にライフプランという特集記事のコーナーがありますが、「今から考える葬儀のこと」(上)(中)(下)と題して、9月22日~24日朝刊で3日間にわたり特集記事が組まれています。

(上)では、盛大な葬儀が影をひそめ、家族やごく親しい人だけで送る家族葬や、儀式なしに火葬のみで済ませる直葬など、この10年余りで様変わりしてきた葬儀の傾向とその要因が取り上げられています。

(中)では、葬儀は高額なサービスにもかかわらず、葬儀費用についての情報が乏しいという状況を踏まえて、それがもとでのトラブルや葬儀費用について取り上げられています。

(下)では、後悔のない葬儀にするための、事前の情報収集と準備について取り上げられています。

読んでみて、ひとつにまとまった新聞記事としては、地に足がついた感じを受けました。

といいますのも、マスコミでよく取り上げられるのは、目新しさを求めるあまり、宇宙葬であるとか、特殊なイベント化した葬儀や、散骨や、遺骨からダイヤモンドをつくる等々・・・であったりするからです。

たしかに興味深いニュースではあるでしょうが、実際にそうした変わった方法というのは全体からの割合からすれば圧倒的少数派です。

としますと、葬儀についてもっと伝えられてしかるべきは、この特集記事のような、多くの人が関心を持つことのほうではないのかという気がしました。

ちなみに、当センターも9月23日付の(中)で取り上げられました。(以下はネットに転載されているものです)

今から考える葬儀のこと(中)