なぜ、センターをご利用になりましたか

 「直感としか言いようがありません」
 4年ほど前、ご葬儀の後にお願いしたアンケートで、当センターをご利用になられた動機を率直にお伺いした回答の中のお言葉です。

 もちろん、NPO法人であることが決めてと、回答の多くは記載されておりましたが、その他にも様々なご意見をいただき、その都度、センターのあり方を模索する上での検討材料とさせていただいてきました。

 直感とお答えいただいたご相談者はその理由を「2005年に父を亡くし、その時の葬儀は自分自身の判断と言うよりも、流れの中に身を任せた感じで、その時の反省から主体的でありたいと思い、ネットサーフィンの結果、御社にたどり着きました。電話を思い立ったのは、どこかに一生懸命やっているみたいだなと、感じられるところがあったからだと思います」と記していました。

 また、同じような理由で「ここなら任せられると感じた為」とお書きになられた方もいらっしゃいました。

 一方、NPO法人であることを選択理由にされた中には「葬儀という訳の分からないことで不安がいっぱいの中、知り合いの葬儀関係者もいない上、以前病院の霊安室にある、業者の名簿からランダムに選んだ葬儀社さんがよくなかったので、葬儀社さん直接でなく、第3者であるあさがおさんにゆだね、事前相談ができることが決め手となった」と回答された方もいらっしゃいました。

 ある著名人の方のご葬儀では、「葬儀社を決めるに当たり、情報がなく、いろんな方から決定するには注意しないと大変なことになると聞いて、ネットで調べていく内に、あさがおさんに出会うことができました。ご紹介いただいた、葬儀社、担当者ともに報道陣に対しての対応やVIPへの対応が見事で、その他のことも汗だくになって頑張ってくれました」との伝言を頂いておりました。

  また、「金銭的な問題もあり、安くが大本命であり、その中で葬儀社さんを色々見ましたが、センターの設立趣旨とあさがお憲章に賛同した上で、価格体系が明確であること、安心であることという基準をクリアした社の中から、ご希望のご葬儀を得意とする社をご紹介する旨の御社紹介文と、何よりも今回ご紹介いただいた賛同社の丁寧でアットホーム(笑)な対応が決めてでした」とのご回答も頂いております。

 NPOであれ、直感であれ、皆様からご連絡をいただいた後は、我々スタッフの対応如何に掛かってきます。

 ご回答いただいた方々からの「どうぞ、お役に立ててください」のお申し出を受け、対応したお1人お一人にお答えをお届けできたか、また第3者として調整し、ご提案ができたか、自問自答を繰り返しながら、新たなご相談を受けてまいりました。

 過去のアンケートに目を通しながら、ご葬儀にステレオタイプのお答えがないことを、改めて実感させられた次第です。

またの出会いを・・・。

 ご近所の桜は,早くも花びらがひらひらと舞い始めています。
 桜の花の咲く頃は、新しい出会いもあれば、お名残惜しいお別れの季節でもあります。

 当センターの賛同社の中でも、3月いっぱいで休業されるとのお知らせをいただいた葬儀社さんがいらっしゃいました。
 大手葬儀社さんから独立し、御自身のポリシーを持って会社を立ち上げ、少数精鋭で奮闘努力をされていらっしゃいましたが、心身ともにお疲れのご様子で、一旦社を閉じられるとのこと。

 昨日古いアンケートを整理していたところ、ご依頼者から休業宣言をされた担当者に、こんな回答をいただいておりました。

 以前ご紹介いただいた賛同葬儀社様のご対応の素晴らしさに、非常に感激し、そして今は大変感謝しております。
 葬儀まで日がないことを前提にしていたからだと思いますが、見積り段階で近隣の葬議場の空状況を確認していただいたこと。
 他社さんはお見積りをいただいただけだったのに、御社には初めから我々の次の行動を読んだ対応をしていただき、この1点で御社にお願いすることを決めたと言っても過言ではありません。
 
 また、我々遺族が、御社が悪いわけではまったくないのに、悲しみからくる苛立ちを表してしまった時なども真摯に話を聞いてくれ、それにより我々の気も安らいでいったことも事実です。
 式が終わった後、49日関連のことなどもご相談させていただいていいですかとお願いした時に「49日までも我々の仕事だと思っておりますから、どうぞお気楽にご相談ください」とおっしゃっていただいたことも、どれだけ我々遺族の気持を軽くしてくれたか計り知れません。
 
 したがって、葬儀関係でお勧めするというのもおかしな感じがしますが、遺族の心情もサポートしてくれる御社はお勧めです。
 不謹慎な話ですが、必ず訪れる次の時にも御社にお願いしようと思っています。

 お元気になられましたら、ご紹介いたしました私からもご一考をお願いし、またの出会いをお待ち申しております。

ラストメイク

 先日いただいたご葬儀についてのアンケートの中で、ご相談者から担当した葬儀社さんへ大変お褒めの言葉を頂き、ご紹介した当方も安堵いたしましたが、1つだけ余談ですがと、お断りの言葉をはさみつつ、お亡くなりになられたお母様のお顔がいつものお母様と違うお顔になってしまって、戸惑ったことが記載されておりました。

 ラストメイクでプロのメイクさんにお願いし、綺麗なお母様になったが、どうやらいつものお母様とは違う感じになってしまわれたようです。
 メイクさんも生前のお母様の写真を見て、生き生きとより綺麗にとメイクアップされたのでしょうが、お子様達や身近な方にとって心に刻まれたお母様のイメージとは少し離れてしまわれたようです。

 簡単なラストメイクはご逝去された病院でも施されますが、今回のお母様の場合はご自宅でご逝去され、ご高齢でご葬儀までに5日ほどお待ちいただいたこともあり、お顔の色が沈んできましたので、プロの方にお願いされたようですが、メイクアップのし過ぎになってしまったのでしょうか。

 死化粧は普段の生活ではなかなかお目に触れる機会がありませんが、以前公開された映画「おくりびと」で納棺師の方が施したシーンが思い出されます。
 普段化粧品会社美容部員の方によって施されるビューティメイクではなく、その方らしさがいかに表現できているかが重要なポイントとなります。

 ご遺体は長期の入院やご病気で元気だった頃の容姿からは著しく変化されていることも多く、以前立会いでお伺いした折、時として、最後のお別れにお見えになられた友人の方々がその変わりようにショックを隠せないようなご様子を目の当たりにしたこともありました。

 お元気だった頃の容姿に近づけてお見送りできるのは、残されたご家族にとっても心の傷が癒されるのではないでしょうか。
 そのためにも、プロに任せるのではなく、葬儀社さん自身がご喪家の方々の力を借りて、御一緒にメイクを施す方もいらっしゃいます。

 当センターの賛同葬儀社さんの中にも実践されている方がいらっしゃいます。
 マッサージを何回も丁寧にやり、黒ずんだ部分を綺麗にするのをメイクさんに任せるのではなく、ご喪家の方々にも手伝っていただくとのこと。
 そうすることでご喪家の方々と同じ目線でお話ができると担当者はお話されました。

 ご葬儀はそこから始まるとも。

お別れは自宅で・・・。

通夜、葬儀・告別式と続くご葬儀を省き、火葬のみの直葬をご希望の方が増えておりますが、火葬場でゆっくりお別れをされる時間をとることは難しく、どこか急き立てられる感は否めません。
 そんな中、最近は一旦病院からご自宅にお帰りになり、火葬の日までご自宅でお身内の方とゆっくり最後のお別れをされる方が目立ってきたように思われます。

 通常病院からご自宅にお戻りになられることは、ご近所に知られることとなり、お知り合いの方々がご会葬にお見えになられることを前提に、ご葬儀の準備に入りますが、この場合はお式が省かれ、祭壇の設置もなく、葬儀社さんの進行もありません。
 生前親しくされて、最後のお別れを希望される方のみがお越しになり、故人様とご対面されるという形になります。

 都会の場合は隣近所とのお付き合いも大分様変わりしてきましたので、義理でお見えになられる方も少なくなり、ご喪家のご意向がストレートに反映されたこのようなやり方でも、あまり違和感を覚えなくなってきているようです。

 先日ご相談いたしましたご葬儀でも、当初ご家族だけでの1日葬を希望されていらっしゃいましたが、横浜では市営斎場での1日葬は難しい状況になりますので、直葬に変えられ、故人様はご自宅で火葬までの3日間を過ごされました。
 その間にご近所の親しかった方々がお線香をあげにお見えになり、こちらで最後のお別れをされて、火葬場に向われました。
 ご自宅からの出棺前、お知り合いのご住職による読経を30分以上されたとのことです。

 また、以前1人住まいのお母様のご逝去で、ご長男の喪主様はご自宅にお連れし、ご親族の方々と最後のお別れをされた後、直葬を希望されたのですが、集合住宅で階段が狭く柩を上げるのが無理な状態となり、まして医務院で解剖されたお母様の体を痛めるわけにはいかず、急遽、喪主様の奥様のご実家へ搬送というハプニングがありました。

 血縁でもないご親族のご自宅にいきなりご遺体が運ばれ、火葬までの2日間を快く引き受けてくださったご実家の方々のご好意と思いやりに感謝し、お母様サイドのご親族の方々は、初めてご訪問するお宅で、ゆっくりとお別れができたことが、忘れがたい思い出となられたとお聞きしました。

故人様との思い出は・・・。

 季節により、斎場は混み合い、式場の予約もスムースにいかない場合が多々あります。

 2月の寒い季節はなおさらです。

 先日も市営のかわさき北部斎苑斎場をご希望のご相談者に、混み合う場合を考慮して、自社斎場を所有している葬儀社さんをご紹介いたしましたが、双方とも混みあって一番早くご予約ができたのは、同じ市営のかわさき南部斎苑での大式場になってしまいました。
 お身内だけのご葬儀に、イス100席もある式場は何としても広すぎます。

 担当者は普段どちらかと言えば式場片隅に配置される思い出コーナーを、式場後半全部を使って作ることを提案し、ご家族やご兄弟から故人様との思い出の写真や、故人様が大事にされていらっしゃった品々を持ち寄っていただきました。

 式場半分近くまで展示された、懐かしい写真や遺品の数々を手に取り、お身内の皆さんで、暫しの間故人様との思い出を語り合うことができ、広い会場も和やかな空気に包まれ、大変喜ばれたとのご報告をいただきました。

 思い出コーナーは葬儀社さんのサービスの一環としてご喪家に提案され、飾り付けや制作は全て葬儀社さんにお任せする場合が多いようですが、以前立会いでお伺いしたご葬儀では、ご喪家総出でお手伝いをして、大変感慨深いお式になったとご報告いただいたことがありました。

 お父様のご葬儀でセンターに相談をいただいた喪主様は、葬儀社さんから思い出コーナーの提案を出されたが、当初あまり乗り気ではなかったようです。

 葬儀社の担当者の方はご喪家にできるだけ参加してもらい、より多くの思い出を作ってもらうことを意とし、見る側も手際よく作った業者サイドのものよりも、ご喪家の想いが出ている作品に、より愛情を感じていただけるのではと期待をされていました。

 通夜当日の午後から、ご喪家総出で写真選びからレイアウトをして、切ったり張ったりと共同作業をしていくうちに、皆の気持がひとつになっていくのが感じられ、より一層の思い出作りになりましたと、後日興奮気味にお話されたのは当の喪主様でした。

 数年後、お母様のご葬儀の折も、皆様の共同作業があったのは言うまでもありません。

享年106歳

 「お骨上げの時に係りの方から、ご高齢の方でこんなにしっかりしたお骨は初めてだ、とまでおっしゃっていただきました。お骨も沢山あり、母は本当に丈夫だったようです」。
 ご葬儀の翌日、早速にご相談者からお電話にてご報告をいただきました。

 前回のブログで7年前に見積りをお取りした方のことに触れましたが、実は新たにお見積りをお取りになられ、葬儀社の担当者と詳しいお話し合いをされた日の夕方、ご紹介した当方にご逝去の報が届きました。

 享年106歳とのこと。

 ご家族が見守る中、静かに炎が燃え尽きるように逝かれたお母様ですが、ご相談者は最後まで御自宅でお世話することを選択され、覚悟はされていらっしゃったとは言え、特にお亡くなりになられた5日ほど前からのお気持の整理が大変だったと伺いました。

 年齢に関係なく、いつか必ず訪れるお別れに、正面から向き合うお気持の揺れはいかばかりか。
 多くはお話されませんでしたが、お声から自分なりに学ばせていただきました。
 他人が大往生と言う言葉は使えませんが、勝手にお身内の気持になって、あれこれと推し量っております。

 天寿を全うされたお母様は最後まで気配りをされ、大雪の大変な時期をずらして、ご葬儀当日は快晴であたたかな日差しのもと旅立たれ、ご参列の皆様も大変お喜びになられたとのこと。

 ご連絡をいただき、ご長寿のお母様に少しでもあやからなくてはと、久しぶりの風邪で寝込んでいた身が、少ししゃんとしてきました。
 ご長寿で思い出しました。
 6年程前、101歳で旅立たれたお祝いとして、紅白のタオルをご喪家からお裾分けいただいたことを・・・。

見積りの行方は・・・。

  先日、7年前にお見積りを取られた方からご連絡をいただき、当時の見積りがそのまま生きるかどうかのお問い合わせでしたが、やはり7年の歳月は少し永かったようです。

  見積りをお取りした葬儀社さん自身が高齢のため、昨年廃業されてしまったばかりでした。
  担当者は小柄な方でしたが、ご葬儀は任せてとばかりに肝っ玉母さんばりのパワーで、ご喪家一同から絶大な信頼を得ていらっしゃいましたが、体力気力を最大限に必要とするご葬儀の仕事に、年齢の限界感じ、スパッとおやめになられたと伺いました。

 ご相談者から改めて現在のご様子を伺い、新たにお見積りを作成する旨申し上げ、ご希望の斎場に精通し、もっともご要望に適していると思われる賛同葬儀社さんから見積りをお取りして、再度センターの見積説明書と共にお送りいたしました。

 一方、昨年末にも2年半以上前にお見積りをお取りした方から、ご葬儀の準備をされたいとのご連絡が葬儀社さんの方に入り、間もなくご葬儀となりましたが、こちらは以前のお見積りどおりに進行し、執り行なわれました。

 たてつづけに歳月を経た見積りの出番となり、久しぶりに古い見積りに目を向けると、ご本人様のご相談であったり、お元気でお仕事を続けていらっしゃるご両親のご相談であったりと取られた動機は様々ですが、ご相談当初とは打って変わった晴れ晴れしたご様子が電話口からも伝わって、受けたこちらもほっとしたものでした。

 中にはご夫婦でご相談を頂き、ご葬儀は質素に、しかしお越しいただいた方にはお料理だけは十分堪能していただきたいと見積りをお取りになられた後、担当者とご一緒に斎場の下見に行かれた方もいらっしゃいました。
 綺麗な式場にご満足して、骨壷は好みのものに変更されたり、大食漢のお孫さんのためにお食事をワンセット追加されたりとより具体的に一つひとつ決められ、これで安心しましたと晴れ晴れとした表情で「こんなことができるのも元気な証拠ですね、亡くなった母も100歳まで生きましたので」と、ご満足されたご様子を担当者から伺ったことが思い出されます。

 しかしながら、ご安心された見積りも、時間の経過とともに取り巻く状況も変化してきますので、先日のように時には新たに見積りを取り直す必要もでてきます。
 お取りした後も、時に思い出していただき、ご連絡をいただければ幸いです。

お食事会でお見送り

イヤー 久しぶりとばかり、シャンパングラスを片手にお話がはずみ、一見同窓会と間違えそうな雰囲気と喪服姿がそこには違和感なく共存していました。

 先日受けたご相談で、ご希望をあれこれとお伺いしていくうちに、7年程前に立会った無宗教葬での1日葬のことが思い出されました。

 そこには従来のご葬儀とは異なったおもむきが感じられ、これからのご葬儀のあり方のひとつとして、鮮烈な印象を受けた思いがありました。

 ご葬儀は彫刻家だった故人様の大好きなカザルスの曲が流れる中、立食のパーティ形式で執り行なわれ、式場に一歩踏み入れるとオードブルを始めとして、フランス料理やグラスがテーブルに並べられ、お客様をお迎えしていました。
 式場前方に目を向けると、白い薔薇に囲まれた柩と、その両脇に故人様の作品のパネル写真2枚あるのみの、きわめてシンプルで、かつ葬儀会場らしからぬ式場風景でした。

 ご会葬の方々は式場入口で頂いた白い薔薇を柩に献花した後、グラスを片手にお料理を召し上がりながら柩の周りに集まり、久しぶりの旧交をあたためて、お話がはずんでおりました。

 喪主である奥様のご挨拶の後、マイクを皆様にお渡しすると、パリ留学時代を懐かしんだ話から最近のエピソードまで、故人様への思いの丈が披露され、お話は次々と続きます。
 息子さんの「沢山の友人に囲まれておやじは幸せな人生だったと思います。お父さん、長いこと、ご苦労様でした」のご挨拶の後、旅立ちにあたり、最後は皆様ご一緒に「乾杯」のご唱和でしめくくられました。

 柩のまわりの白い薔薇もお別れ花として手向けられ、白い薔薇に囲まれた故人様に、奥様から送られた真紅の薔薇1輪の鮮やかさは、今でもその風景がよみがえってくる程です。

 あれから7年の間にはご葬儀の事情も大分様変わりして参りましたが、都会の一部を除いてご葬儀式場での飲食が許可されているところはまだ限られており、ご喪家のご希望のお料理との兼ね合いを併せると条件はさらに難しくなりますが、できるだけご相談者のイメージにそったご葬儀を、担当者にお任せできるように、これからもご相談者とのやりとりをより大切にしていくつもりでおります。

友の話から・・・。

 年が明け、久しぶりに顔を合わせた友人の口からは、いつものように楽しくも忙しかったお正月の四方山話が聞けるかと思いきや、今年はご葬儀の話題で持切りになってしまいました。

 集まった4人の内2人が、暮れからお正月にかけてご主人のご兄弟を亡くされ、お話からお正月早々大変だったご様子が伺われました。

 特にお1人の方はお元気で、暮れの29日も普段どおりに車を運転され取引先に向ったが、約束の時間が過ぎても到着せず、しばらく連絡がつかない状態が続き、数時間後警察からの知らせでお亡くなりになったことが判明。
 道端に寄せた車中で急死されていらしたとのこと。

 その後のご葬儀までは、ご家族にとって文字通り無我夢中状態で過ごされたご様子が、友の口から出ると、思わず大きく深呼吸をして、その場に居合わせた場合を想定し、あれこれと考え込んでしまいました。

 普段お元気なご家族でご葬儀のことなど考えたこともなかったので、突然のことに戸惑い、重要書類はどこにあるのか、どのようなご葬儀にするのか、どなたをお呼びするのか、ご葬儀の費用は等々・・・現実に迫る問題に加え、火葬場の正月休みに掛かってしまい、混雑してご葬儀が1週間先になってしまうこと。
 心配な種は尽きないご家族にどう対処してあげられるのか。
 混乱の極みのご家族に少しでもご安心していただけるようにするには・・・・。

 当方は直接ご葬儀の現場に携わるものではありませんが、これからもご相談者が安心してご葬儀に臨めるよう、様々な角度からサジェストしていけたらと考えております。

無宗教葬

 最近、たて続けに無宗教葬をご希望されるご相談を受けております。

 宗教色のない、お別れ会のような形でお見送りをされたい。
 できるだけシンプルなご葬儀をご希望ですが、読経がない分、綺麗なお花を飾ってお見送りをされたいとのご要望をいただきました。

 6〜7年前、無宗教葬が話題にのぼり、宗教色のないご葬儀を希望されていらっしゃった方々が強い味方ができたとばかりに、一時期次々と無宗教のご葬儀を執り行なった感がありました。

 そんな中、無宗教葬のアドバルーンも周りの反対や戸惑いに徐々にトーンダウンされたのか、いつの間にかここ何年かは尻すぼみ状態のようにも感じておりました。

 しかしながら、ご要望は地道に脈々と受け継がれ、周囲の反応も大分様変わりしてきたようで、ここにきてようやく、無宗教葬にもごく普通に市民権が得られるのではとの予感がいたします。

 そんな中、かつて、立会いでお伺いした無宗教葬のシーンが思い出されます。

 通夜の席、祭壇に手を合わせた後、100人以上の会葬者がお1人ずつマイクを片手に柩の故人様に語りかけていました。
 長い沈黙の後ぼそっと一言話す方、出会いから現在の心境まで詳しく話す方、涙声で聞き取れない方、皆さんそれぞれ最後のお別れです。
 故人様と向き合ったお1人おひとりの言葉はどんなに短くてもその人なりが出て、次第に1つのドラマになり、いつの間にか式場全体に一体感が生まれ、大きなうねりとなって迫ってくるようにも感じられました。

 目を閉じて聴いていると故人様の世界が広がり、面識がないのにいつの間にか、当方までが旧知の間柄のような錯覚を覚えてしまうほどでした。
 ご遺族のお子様達も「私達の知らなかった父の一面を知ることができました」と感慨深い面持ちで涙ぐんでいらっしゃったのが印象的でした。

 これからは宗教色のない、その方らしいこんなご葬儀も増えてくるのでしょうか。