キリスト教関係の葬儀は通常、信者として通っている教会で、担当の牧師さんの手で行われることが多いのですが、プロテスタントの場合は諸般の事情で他の教会、式場で執り行われることも増えてきたようです。先日のプロテスタントの葬儀も故人が通っていらした教会ではなく、別な教会を使用しました。
また、今年はじめに伺った葬儀では、区営の斎場を使用していました。
キリスト教でもプロテスタントの場合は比較的規則が緩く、式も日本独自の習わしにそって行われます。
日本式の通夜にあたるものをカソリックでは通夜の集い、プロテスタントでは前夜式と呼ばれ、牧師さんの司会進行により執り行われます。
前夜式も通夜同様、近年参列者が多く、葬儀にこられない会葬者のために、告別式に準じた内容になります。
告別式を例にとりますと、まず定刻前に会葬者が着席し、ご喪家の方々をお迎えします。
オルガン演奏の中、司会の牧師さんのご挨拶から始まり、賛美歌合唱、ご喪家による故人の略歴紹介、聖書朗読、牧師さんの式辞、友人代表のお別れの言葉、賛美歌合唱、喪主の挨拶、仏式の焼香にあたる献花へと続きます。
所要時間は仏式、神式と同じ1時間以内に収められます。特に仏式との違いは賛美歌合唱の
会葬者参加型にあると思われます。
最後に、柩にお花を入れるお別れの儀は宗教を問わず行われます。
白一色のお花は出席した方々に鮮烈な印象を与えたようです。
投稿者: 松山
葬儀にまつわるお金の問題
冠婚葬祭は日々の生活の中で、最も出費の多い出来事です。結婚式はそれに向けて蓄えられているので楽しい計画が練れますが、問題は葬儀の方です。葬儀費用を残す間もなく逝ってしまわれた方、長患いで使い果たしてしまった方、残されたご遺族には、それぞれ切実な問題が迫っています。
依頼者からのご相談のなかでも、避けて通れない問題です。
「病院でお金を使ってしまったので、出来るだけシンプルな葬儀をしたい。家族と親族15名位の家族葬で、お坊さんも呼ばず、自分がお経が読めるのでそれで間に合わせてもよい位。通夜の料理のみで祭壇も要らない。お花が大好きだったので柩の周りをお花で飾る位で良い」との依頼者のご注文に、地域の葬儀社でぎりぎりの予算で快く引き受けてくれる当センターの賛同社に見積りを依頼するところから金銭の問題は始まります。
葬儀当日にご喪家から直接支払う斎場費、火葬料、待合室料等がありますので、多額な現金の用意が必要になってきます。葬儀社によっては全て立替払いのところもあります。
銀行は故人になったことが分かった時点で、故人名義の預貯金は凍結してしまいますので注意が必要です。
凍結されてからでは相続人全員の同意が必要になってしまいます。
分かった時点というのが少し曖昧で、申告するまでは大丈夫ですが、ある方の場合は銀行に行って近所の方にバッタリお会いしご挨拶されて、お亡くなりになったことが分かってしまいすぐに下ろすことができなくなってしまったとのことです。
銀行サイドでは「新聞の死亡欄にのった方、テレビラジオ等でお名前が分かった方はその時点で凍結されます」とのことです。一般の方はあまりナーバスになる必要はないようですが、万が一のことを考え、事前に引き出す用意も重要です。
斎場選びは思い出の地としてできるだけ家の近くを希望する
少し前までお葬式は自宅でするものだという思いが強かったのですが、いつの間にか今や都市部を中心に、大方自宅以外の式場に場所が移ってしまった感があります。
それを都会の住宅事情や近所付き合いの希薄さなど色々な煩わしさの所為にしていますが、いざとなるとそれでも地域とのつながりは心の拠り所としてあるようです。
葬儀社の担当者が何ヶ所かの斎場を提案した場合、家の近くを希望される方が多いと聞きます。
最近立会いに伺ったご葬儀も斎場選びの第一条件は近所でした。通夜のお清めに近所の方の手作りの料理が運び込まれ、葬儀社が手配したのはメインのお寿司と飲み物だけでしたので、予想外の会葬者数になっても追加が間に合ったとのことでした。
港区のやすらぎ会館でのご葬儀の場合は、依頼者の方が始め池袋方面の斎場を希望されていたのですが、自宅が西麻布ということで、葬儀社の担当者が参考までにと提案したこちらが、実は小学校の通り道にあり、故人のお母様にも懐かしい所だからと急遽変更されたいきさつがありました。
国分寺のきわだ斎場でのご葬儀の場合は、依頼者のご指定でした。永年近所に住み、故人が子供の頃境内で遊んだ思い出の場所だそうです。
故人の永年の散歩コースになっていた、つつじヶ丘の金龍寺でのご葬儀の場合は、霊柩車がまわり道をして、同じ町内の自宅前を通って火葬場に向われました。
ご葬儀も親しい方をお招きするというスタンスから、お花とお料理の質が大切です
「親戚と親しかった方のみで見送りたい」とお身内だけの葬儀を希望されていらっしゃるご喪家のなかで、「お花とお食事だけはお見えになった方々に満足していただけるものを」と
おっしゃる方が特に増えているようです。
どうしても儀式中心になりやすい一般葬に比べ、生前の故人をよくご存知の方々に、ゆっくりと最後のお別れをしていただきたいと言うスタンスをはっきり打ち出している分、ご喪家側もお客様を接待するというニュアンスも含まれているように思われます。
特にお食事に力をいれる葬儀社の担当者も増えてきているようです。
先日葬儀をお願いした埼玉地域の担当者も永年の間に60社位の仕出屋さんと付き合った結果、なんと東京を飛び越えて横浜の業者の方にお願いしているとのことでした。
さすがに、当センターのアンケートにもご喪家側から「大変美味しく、お客様からもお褒めの言葉を頂きました」と回答が寄せられていました。
最近では従来の仕出屋さんのお料理というよりも、ホテルの宴会場のように温かい料理は温かく、冷たい料理は冷たい状態でお出しする業者の方も出てきているようです。
但し、ある担当者は腕のいい本職のお寿司屋さんにお願いしたが、通夜の時間のタイミングがずれて、カラカラになり折角のお寿司が台無しになってしまった苦い経験もあるとのことでした。
後から仕出屋さんに聞くとこの時のお寿司の種類に問題ありとか・・・。
ある程度、餅は餅屋のこともありますとのことでした。
「依頼者のご要望に合わせてパンフレットを使い分けます」と聞かされて・・・
ある葬儀社の担当者から「当社にはパンフレットが低価格用のものと一般の葬儀用のものとあり、使い分けています」と伺った時には、戸惑い思わず聞き返してしまいました。
実は担当者は警察から頼まれる葬儀にも関係していて、ご喪家から「お葬式を出すお金がない」という相談を受けることが多いとのことでした。
「どうしても安くやりたいと相談されると断れなくて、ついいいですよということになってしまうんですよ。金銭的に厳しくて火葬だけしかできないのでは忍びない。何とかしてあげたいということから、こういうことになったのですよ。この方達にいきなり40万、50万の祭壇のパンフレットをお見せすればビックリされてしまいますから」。
火葬費用にも満たない金額で泣き付かれた時には、知り合いのご住職に事情を話して快く引き受けて貰い、終わった後にご喪家の方は涙して喜ばれたようです。
「また逆に、値段の安い祭壇のパンフレットを見て、何だそれしかないのかと言うような方には別な一般用のパンフレットをお見せしています」とのことでした。
予算がなくても最後のお別れは大好きな生花で、それとも千羽鶴にする?
少し前までは祭壇と言えば白木の祭壇が殆どでしたが、最近は逆転して生花で飾る花祭壇が主流になってきました。
しかし、白木祭壇に比べ、花祭壇はまだまだ割高です。
白木祭壇がレンタル料に比べ、花祭壇は1から創り、お花の材料費・デザイン料その他諸々掛かります。
葬儀社の担当者の方も色々知恵を絞り、予算がないがどうしてもお花で柩を飾りたいと言うご喪家の要望にあわせ、祭壇ではなく、柩の周りにお花を置く感じにしたり、鉢植えを置いたりして対応することもあります。
生花にこだわる方には例えば、1基1万5千円の供花を4基出していただき、6万円の予算で柩の周りにお花を置く場合もあります。
また、故人の大好きだった胡蝶ランで祭壇を飾りたいが予算がないと言う要望には、一鉢50本もある胡蝶ラン二鉢をメインに飾ることで豪華に演出でき、満足頂いた例もあるようです。
一方、花祭壇でも生花ではなく、造花の場合もあります。白木祭壇にレンタルがあれば花祭壇にもレンタルがあってもよいのではないかと提案し、造花でボリュームのある花祭壇を提供している自社斎場所有の葬儀社さんもいらっしゃいます。
造花と聞くと先入観からか、ちょっと怯んでしまいますが、実際はほとんど見分けがつきません。と言うよりも言われるまでは見た目分からず、これで生花の何分の一と聞かされると生花信仰も揺らいでしまう位です。
柩に入れるお花は供花のお花をちぎりますので会葬者は最後まで気がつかないようです。
更に供花もない場合、お花の代わりに折鶴を柩に入れている葬儀社さんもいらっしゃいました。
お好みの色の折鶴を柩一杯に入れ、小さなお孫さん達にも大変喜ばれているようでした。
担当者によれば「近頃通夜にいらっしゃる方が増え、明日来れないから今日お別れしたいという方達の為にお花が切れないので代わりに折鶴をお渡ししたのがきっかけです」とのこと。
1回に200羽近くの折鶴はカラフルなお花にも負けない位のインパクトだそうです。
無個性な喪服とカジュアル化
ご家族、ご親族、親しい友人だけの少人数のお葬式が増えてきているからか、ご葬儀の際の喪服も男性喪主はブラックスーツ一辺倒で、黒のモーニングコートに縞のズボンという姿になかなかお目にかからなくなり、女性は喪主の奥様の和服以外は大方黒のスーツかワンピースに真珠のネックレスという無個性な装いになってしまっているようです。
あれだけ普段のお洒落に敏感な若い女性もあわててタンスのロッカーの隅に追いやられている一張羅の喪服と称する黒い服を引っ張り出し、間に合わせているようです。
逆にものの本には通夜の客の場合はとり急ぎ駆けつけた感じで平服でも構わないとありますが、実際立会いに伺ってみますと、ほぼ100パーセント近く黒服でいらっしゃいます。
通夜といっても昔のようにお亡くなりになってすぐ夕方とか言うように、取るものもとりあえずかけつけることはなく、その間3日、4日と時間が経過するからには流石、ジーパン姿という訳にはいかないようです。
喪服の決まり事は元々「皇室服喪令」が基準になり、大喪の令で女性皇族が長いローブモンタントに黒いベール付きのトーク帽と手袋、黒いアクセサリー姿で参列してから黒い小物が一般的に使われるようになったとのことですが、昨今はファッションのカジュアル化で喪服も例外ではないようです。 黒ならばということで、エナメルのサンダルやゴールドの留め金のバッグなどの光沢のあるものは小物でも黒一色の中では可なり目立ってしまいますのできをつけたいものです。
喪服もファッションメーカーのお仕着せではなくマナーは守りながらも何処か自分らしさを出して、ご家族、友人をお見送りしたいものですね。
同窓会と間違えられた通夜の席
近年成人式の暴走振りが話題になっていますが、ついにお葬式にまで飛び火してしまったようです。
先日立会いに伺ったご葬儀は厳粛な中にも親子の情が篭ったお式でした。
故人はまだ50代の働き盛りのお父様。突然の死に奥様、お嬢様のショックは大きく、葬儀社の担当者も葬儀の日取りを少しずらしたほどでした。
6日目のご葬儀では、気丈に振る舞う2人の姿が逆に会葬者の涙を誘っていました。
お嬢様の「大好きなパパへ」の手紙も柩に沢山のお花とともに納められました。
おもわず担当者に「よいお式でしたね」と同意を求めると、「いやぁ、夕べの通夜は大変でした」と意外な返答が返ってきました。
それは目が点になるようなお話でした。
お父様はご自宅でお仕事をなさっていらしたので、お嬢様のお友達はお父様ともお知り合いの方が多かったようです。
数十名のお友達が通夜に駆けつけて下さったまではよかったのですが、服装がジーパン、透け透けルックにミュールというつっかけスタイルで厳粛なご焼香の間中カックン、カックンと派手な音を響かせ、久しぶりに会うお友達同士話が弾み、お清めのお酒も手伝い、いつの間にか完全に同窓会モードになってしまったようです。
周りの白い目も何のその、興奮の余り(?)あちらこちらで大騒ぎになり、担当者も堪りかねて「ここはお寺ですので静かに」と少し遠回しに注意をしたが効き目のほどは・・・・。
「これからは葬儀のいろは以前にマナー(?)を教えなければいけない時代になったようです」苦笑する担当者に、黙って頷くしかありませんでした。
人生いろいろ別れもいろいろ
内々だけのご葬儀には凝縮された人生模様が詰まっていて、故人の人となりが浮き彫りになるようです。
「葬儀社のご紹介を」との電話を頂いたのは奥様のお友達からでした。
奥様は危篤状態のご主人につきっきりなので、今後のことも含めてお手伝いしているとのこと。暫く小康状態を保たれていらっしゃったのですが、1週間後急変し、帰らぬ人となってしまわれました。
ご遺骨を散骨にするため、無宗教でごく親しい方のみでお送りしたいとのことでした。
ご喪家のお名前はお聞きした奥様のお名前ではありませんでした。
葬儀社の担当者は奥様に出来るだけ沢山のご主人との写真をもってきていただき、祭壇の前に並べました。
通夜はご主人の好きだったフランク永井の曲を聞き、写真を見ながら皆さんで故人との思い出話に耽っていただいたようです。
「良いことも悪いことも包み隠さず遠慮なく思いっきりお話ししました」とふきっれたような奥様の笑顔はとても穏やかでした。
告別式の会葬者は奥様のご兄弟、友人の他はご主人の妹さんと弟さんだけでした。
ご焼香の後、妹さんより突然「別れの手紙を書いてきたので読ませてください」との申し出がありました。
「あんちゃんらしく生きた人生でしたね。父も母も早く亡くなったので2人ともあんちゃんにぶら下がっていました。何時も心の支えはあんちゃんでした。やっと本家の重圧から解放されましたね。お墓は弟が守っていきます。あんちゃんは幸せものでした。安らかに眠ってください」
複雑な人生模様をうかがわせる手紙は柩に入れられました。
「おねえさん、ありがとうございました」万感を込めた妹さんの一言は何か胸に迫るものがありました。
お花入れの儀では、柩にお花を入れながら、「生きている間に花束あげたかったわ」「でも似合わないよ」てんでに声を掛け合い、最後に皆さん一斉に「ご苦労様でした」。
泣き笑いながら柩を見送りました。
こんな葬儀も親しい方のみだからできるのですね。
葬儀担当者の心得とは
時に葬儀の仕事が天職のような担当者に出会うことがあります。
傍から見ていると真面目に一生懸命取り組んではいるが少し膨らみに欠ける方、両腕まくりをして今にも飛び出しそうなイメージの方と各人個性派ぞろいの方が多い中で、その担当者は1歩下がってむしろ淡々とこなしているように見受けられました。
2ヶ月ほど前に概算見積りをお願いした後、依頼者の奥様から担当者に連絡を取りたい旨電話が入り早速伺っていただきました。
奥様は今の状況を説明し、現場をみてもらっていざという時はよろしくとのことで、差し当たって雑談をしてきましたと担当者の報告が入りました。
しかしこの雑談こそが式のイメージや依頼者の性格などを読み込む大事な時なのです。
担当者はその場を読み、性格を読んで依頼者に照準を合わせます。照準さえ合えば後は二人三脚ですからと。読み間違えると別の道へ行ってしまい、ピントが合わないと最後までピントがずれたままになってしまいますからとも。
1ヵ月後、煮詰めた話をしたいと担当者に連絡があった頃には、すでに依頼者は全面的に頼っていらっしゃる様子でした。
まもなく迎えられたご主人の最後に覚悟だったとはいえパニック状態に陥られたので、あえて3日ほど間を取られて少し冷却期間をおき、落ち着きを取り戻して通夜に臨まれました。通夜の気丈な振る舞いにご主人の友人達も胸を熱くしたようです。
「あくまでご喪家の葬儀であり、葬儀屋さんの葬儀ではありませんから」と黒子に徹しながらも伴走者として見守る姿勢が依頼者に信頼と安心感を感じさせたようです。